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「敵機4機接近!7時方向2機。10時方向1機、2時方向2機!」
空母「アクア」の艦隊に属する巡洋艦「サン・ミケーレ」のCICでは迫る敵機の状況をオペレーターが次々と報告する。それを艦長は黙って聞いている。この艦長。ネオ・ヴェネチアでは郵便局で働いていた人物で、「長老」と呼ばれた男であった。「長老」の威厳はそのまま艦長の威厳としてこの場にあった。
「対空戦闘!5インチ砲、VSL射撃用意!」
「サン・ミケーレ」の砲雷長を勤めるのはアトラ。ネオ・ヴェネチアではウンディーネを目指していた少女であったが、今では巡洋艦の火力を管理し、指揮する立場になっていた。
「艦長。スタンダードミサイルで一度に撃墜します」
「うむ」
アトラは「サン・ミケーレ」のイージスシステムが1度に12の目標に対処出来る事から5機全てを照準して一気に決着を着ける気で居た。
「攻撃諸元入力完了!」
オペレーターの報告にアトラはCICの大型のスクリーンを見据える。もしもあの敵機がハープーンミサイルを搭載しているなら既に発射しているだろう。(射程124km)だが、敵機は空母「アクア」より100km以内の距離に入っている。敵のミサイルはエグゾセであろう。だが、それでもエグゾセは最大射程72km。「サン・ミケーレ」が搭載するスタンダードミサイルSM2は射程70km。有効射程を考えればほぼ互角のタイミングでミサイルを撃つ事になる。
(けど、ここは艦隊。他の艦のミサイルをも潜って来れるかしら)
計算の中で緊張と余裕が混ざった感情でアトラは決断する。
「VLS開放!撃て!」
「サン・ミケーレ」の前後にあるVLSからスタンダードミサイルが煙を盛大に吐いて発射する。彼我の距離は70km。マッハで飛行する敵機の速さを読んでの事だ。
他の駆逐艦やフリゲート艦もスタンダードミサイルを発射してジャギュアを攻撃する。
「10時方向の敵機を『カスッテロ』が撃墜!」
「7時方向の敵機1機を撃墜!」
スクリーンにはミサイルの表示がジャギュアを表す表示と重なると消えて。それによって撃墜されたと分かる。アトラには見慣れたものだが、戦場らしくないとも思える場面だ。艦の外では自分の指示で放たれたスタンダードミサイルが誘導されながらジャギュアに向かう。ジャギアは必死にチャフやフレアを撒き散らしてミサイルを回避するが、次々に迫るミサイルに捕まり、爆砕する。そんな光景が展開されているが、CICでは想像するしかない。そしてその光景を生まなければこちらが敵のミサイルの餌食になる。知性を持ち、高い技術を駆使しても弱肉強食に変わりは無いとアトラは思えた。
「2時方向の敵機。『リアルト』1機撃墜!」
着々と続報が入る報告。しかし、アトラは気を揉む。
(残るは2機。しぶとい)
7時方向と2時方向の敵機が1機づつがスタンダードミサイルを潜り抜けて艦隊に迫る。
「シースパロー射撃用意!それとCIWSも!」
アトラは迫るジャギュアに近接戦闘を覚悟した。
生き残ったジャギアは海上を低空で空母「アクア」目がけて進む。まずは、眼前の城壁とも言える艦隊外周の駆逐艦やフリゲイト艦を越えねばならない。
「突き進む!」
別方向から1機づつ向かうジャギュアのパイロットの士気は高かった。ここまでの障害をなんとか越えて来たのだ。刺し違えてでも「アクア」にエグゾセを叩き込むのだと。
駆逐艦やフリゲイト艦は食い止めようと槍衾のごとくシースパローミサイルを放つ。しかし、残るチャフを全て使いミサイルの網から逃れる。だが、2時方向から迫るジャギュアはそこでシースパローの餌食となってしまった。
とうとう残った1機は駆逐艦「カスッテロ」の上空を飛び越え、そこからエグゾセミサイル2発を発射した。
そこでジャギアの運が尽きた。フリゲイト艦「サン・ポーロ」から放たれた76ミリ砲弾の炸裂を受けて海面に叩き落とされた。
「ミサイル2基「アクア」に接近中!」
「主砲撃て!弾幕で撃墜!」
「サン・ミケーレは艦の前後にあるMk45 127ミリ単装砲の連射でエグゾセを撃墜しようと試みる。
自動装填で砲弾が送られ間髪入れずに放たれる砲弾。そして、エグゾセの進行方向に生まれる砲弾の炸裂の黒い弾幕。これで落ちろとアトラは祈る。
「機関全速!『アクア』と並べ!」
ここまで沈黙していた艦長が唐突に命令を下した。それにアトラや周囲が驚きつつも「サン・ミケーレ」は4基のガスタービンエンジンを唸らせ、8万馬力の足で「アクア」の左舷真横に付けて併走する。
「砲雷長!何としてでも撃ち落とせ!」
「はっ!」
艦長の喝にアトラは気合いを入れ直す。我が「サン・ミケーレ」が「アクア」を守る最後の盾なんだと。
「ミサイル距離300メートルまで接近!」
「CIWS迎撃!」
CIWS20ミリ機関砲ファランクスが起動する。6銃身のガトリング砲がチェンソーに似たけたたましい音を響かせながら毎分3000発~4000発の砲弾を撃つ。文字通りの槍衾な弾幕を艦の全面に展開させる。
「一基残らず撃ち落とせ!」
アトラはアドレナリンが自分の中で弾ける思いを感じつつ主砲とSIWSの迎撃を見守る。エグゾセ1発がCIWSの弾幕に呑まれて炸裂した。
「よし!」
だが、残る1発が弾幕を越えて「アクア」に尚も向かう。
「我が艦を盾にする!割り込め!」
艦長の命令で瞬時に「サン・ミケーレ」は「アクア」とエグゾセの間に割り込む。
「ミサイル命中します!」
「緊急連絡!総員衝撃に備えろ!」
アトラはこれから自分の居るこの艦にミサイルが確実に命中する事で瞬時に冷水を浴びる様な恐怖を感じた。
エグゾセは「サン・ミケーレ」の左舷中央部の上部構造物に命中した。
「左舷上部構造物に命中!」
「火災発生!消火活動中!」
「負傷者多数!衛生科急げ!」
命中した直後から悲鳴の様に被害報告がCICに届く。
(あゆみと杏は…)
アトラは「サン・ミケーレ」に乗る2人の乗員が心配になった。2人ともネオベネチアでは同じシングル同士でトラゲット(渡し船)を漕いでいた仲である。
(無事であれば良いけど)
アトラは心配しつつも次の敵が来た時に備えている他に無い。
一方。そのアトラが心配していた2人。あゆみと杏は火災現場に居た。エグゾセの165kgの高性能火薬の炸裂が、ミサイルの残燃料に引火して火災を引き起こした。この場であゆみは、応急長として消火活動を指揮し、杏は衛生員の1人として火災現場で倒れる兵の応急処置と医務室への搬送をしていた。
「おい!杏!ここにも負傷者だ!」
あゆみが1人の負傷者を発見し、杏が駆け寄る。負傷兵は頭から血を流し、服は破れて擦り傷だらけだ。
「やはり…噂は…本当だ…」
「?」
「喪服の女が…俺に…手招きを…」
そこまで聞いてあゆみは理解した。この艦のジンクスであるサン・ミケーレ島と喪服の女の伝説だ。その女は処刑される前にサン・ミケーレ島で弔って欲しいと願ったが墓地の過密状態で実現しなかった。それから喪服姿の女が現れてはサン・ミケーレ島に連れ行って欲しいと言う。それを叶えると連れて行った本人が神隠しにあってしまうと言う伝説だ。
艦名が艦名だけに乗員の誰もが「この艦は沈むかも」と噂にしていた。
「まさかウチが喪服の女か?冗談じゃない、しっかりしろ!」
あゆみは意識が遠のく負傷兵を叱咤する。
(喪服の女が手招きだって?ウチが応急長で居る限りは沈ませないさっ)
あゆみが喪服女の伝説を振り払っている時に杏が来た。
「もう…俺はダメだ…」
と言う負傷兵に杏は。
「こんなしっかりした身体してるんですよ。そんな弱虫じゃ喪服の女にも嫌われます」
と淡々としながらも励ます。
「頼むぞ」
「あゆみちゃんも頑張って」
巡洋艦「サン・ミケーレ」。火災と闘い、ジンクスに打ち勝つ戦いは始まったばかりであった。