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架空戦記小説と軍事の記事を中心にしたブログです
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戦艦長門1
(↑砲塔を旋回させる長門)

 

1944年(昭和19年)10月20日。アメリカ軍はフィリピンのレイテ島に上陸。日本海軍連合艦隊は残るほとんどの主力艦艇を投入した捷一号作戦を発動。レイテ湾の米輸送船団を撃滅する為に出撃した。

だが、レイテ突入を目指す栗田建男中将の艦隊は10月23日に潜水艦によって重巡洋艦「愛宕」と「摩耶」が撃沈。24日にはウィリアム・ハルゼー中将の第3艦隊の空母艦載機によって戦艦「武蔵」が撃沈された。

レイテ湾突入を目前に磨り減る栗田艦隊。「武蔵」が沈んだ後に一旦はシブヤン海を西に反転して空襲をやり過ごす。これを米第3艦隊の偵察機が目撃し、「日本艦隊は逃げた」とハルゼーに思わせた。

だが、栗田艦隊はまた反転。レイテ湾への再進撃を開始した。

ハルゼーを騙した事を知らず戦々恐々とレイテ湾へ抜ける海路で一番狭い、サン・ベルナルディノ海峡を無事通過した。

そして10月25日の夜明け。栗田艦隊は敵艦隊と遭遇する。護衛空母からなるトーマス・スプレイグ少将指揮のタフィ3である。ここに大和以下の戦艦が初めて敵の艦艇に向けて砲戦を挑むサマール沖海戦が始まった。


ここで双方の戦力を比較しよう。


栗田艦隊

戦艦4隻・重巡洋艦6隻・軽巡洋艦2隻・駆逐艦11隻

タフィ3

護衛空母6隻・駆逐艦7隻


単純に比較するとタフィ3は水上戦闘が可能なのは駆逐艦7隻のみ。だが、相手は戦艦4隻を中心にした20隻以上の艦隊。勝ち目が無いように見える。だが実際はどうなっただろうか。


・6時40分前後 双方ともに発見

・6時59分    戦艦「大和」米空母と3万1000メートルの距離で砲撃開始

・7時00分    戦艦「金剛」・「榛名」砲撃開始

・7時01分    戦艦「長門」砲撃開始

・7時03分    栗田中将各戦隊に突撃命令

・7時09分    護衛空母群スコールと煙幕の中に遁走

・7時16分    スプレイグ少将。駆逐艦に突撃命令

・7時30分    重巡洋艦「鈴谷」が米駆逐艦の魚雷攻撃を受けて大破

・7時35分    戦艦「榛名」魚雷回避の転針

・7時57分    戦艦「大和」魚雷回避の転針

・8時00分    栗田中将。全軍突撃せよを命令

・8時10分    護衛空母「ガンビア・ベイ」に初の命中弾

・8時53分    重巡洋艦「筑摩」魚雷攻撃を受けて大破

・8時55分    駆逐艦「ホエール」撃沈

・9時07分    「ガンビア・ベイ」撃沈

・9時11分    栗田中将。追撃中止・北方集結を命令

・9時23分    栗田艦隊追撃中止

・10時05分   護衛空母「サミュエル・B・ロバーツ」撃沈

・10時10分   駆逐艦「ジョンストン」撃沈


戦果

護衛空母1隻撃沈 駆逐艦2隻 護衛駆逐艦1隻 撃沈

損害

重巡洋艦5隻大破


戦艦4隻で攻撃したものの第1の目標である空母を1隻しか撃沈できず、かえって5隻の重巡洋艦を大破させらた(後に5隻とも午後の空襲で撃沈される)

こう見ると栗田艦隊の戦果は芳しくない。では、何故このような事になったのか?

7時16分にタフィ3の駆逐艦が突撃を開始した。これらの駆逐艦は文字通り身体を張って護衛空母を守った。煙幕を展開し、護衛空母を隠し。魚雷を放ち戦艦「大和」と魚雷を併走させて戦場より離れさせて栗田中将以下の艦隊司令部が戦況を把握出来ないようにさせた。また、重巡洋艦数隻を大破させた。
まさに小人が熊に挑むような戦いとも言える。これは米駆逐艦乗員の高い闘志と魚雷の威力による所だろう。これに加えて護衛空母の艦載機も大きな役割を果たした。
タフィ3はレイテ島上陸作戦を支援する為に対地装備しか無く、アベンジャー攻撃機が搭載されていても雷撃は出来なかった。けれども通常爆弾を装備して栗田艦隊を爆撃した。爆弾が無くなっても攻撃するふりをして回避行動を強要し、進路を妨害した。
この海空による妨害で護衛空母をスコールの中に逃がす時間を稼げた。栗田艦隊はこの妨害で1隻の護衛空母しか撃沈できずに終わった。
これを見て栗田艦隊は米軍に翻弄された愚鈍な艦隊かと思うかもしれない。だが、「武蔵」の撃沈で艦載機の威力を前日に目の当たりにした栗田艦隊に爆弾を受けてでも追撃するべきだったと言うのは酷だ。
このサマール沖海戦では米駆逐艦の勇戦があったが、栗田艦隊の駆逐艦はどうだったか。戦艦と重巡洋艦が前進してタフィ3を攻撃する一方で軽巡洋艦と駆逐艦からなる水雷戦隊は後から追従して行く形になっていた。これは捷一号作戦の目的であるレイテ湾突入を控えて駆逐艦の燃料を使わせない為に突撃させず艦隊の後方に居た。また、損傷艦の護衛をも行い栗田中将は駆逐艦を使わず戦艦と重巡洋艦の砲撃で敵空母を撃沈しようと試みたのだ。
この駆逐艦を全面に出さない作戦が米駆逐艦が活躍できる舞台を作り上げたと言える。午前8時には栗田中将は全軍突撃せよを命じて水雷戦隊は戦場へと出た。軽巡洋艦「矢矧」以下第十七駆逐隊が敵との距離1万メートルで魚雷を発射した。(魚雷到達予定の時刻に米空母に水柱が立ったとされる)

栗田艦隊はレイテ湾突入を控えて戦力の逐次投入とも言える戦い方になってしまった。だが、これは航空支援が無い傷ついた1個艦隊の限界とも言える。目の前の敵を撃滅させたいが当初の目標を達成せねばならない。このジレンマに混乱する戦場で栗田中将と参謀達は悩まなければならなかった。

サマール沖海戦。それは戦闘を重ねて作戦目標を前にした栗田艦隊にとっては全力発揮が出来なかった余裕無き戦いであった。


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無題
読んでいて緊張しますな・・・。
偉大なる童貞将軍様 2007/10/29(Mon)00:00:47 編集
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