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架空戦記小説と軍事の記事を中心にしたブログです
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野瀬と高町は機上の人となっていた。
沖縄の海上保安庁が意識不明の言葉を発見し那覇市内の病院へ搬送したと言う情報が入ったからだ。
沖縄に着いたら言葉が退院可能ならば任意同行で原巳浜署へ連行する事にしていた。また、退院が出来なくともある程度の事情聴取をするつもりでいた。

「森野巡査長。初めて容疑者と会う訳だが」

野瀬はもう一人の同行者に話しかけた。新人の女性刑事である森野巡査長だ。言葉と接触するに辺り、男だけではと付けた女性刑事である。また、森野にベテランの野瀬が現場を教えると言う事も含まれていた。

「大丈夫です。覚悟も出来てますし油断もしてません」

少し緊張したような固い答えが返ってきた。

「まあ、少し力を縫いとけ。那覇に着いてからが仕事だ」

「はっ、了解です」

野瀬が優しく言ったが森野は敬礼でもしそうな固い返事であった。


 

那覇空港に到着した野瀬達は那覇署が用意した迎えの車に乗り那覇署へ向かう。
言葉はまだ那覇市内の病院に居て意識不明である事。ヨットは重要参考品として海保の基地で預かっている事など那覇署の刑事から報告を受けた。
そして最後に言葉がバラバラになっていた男の遺体をバッグに積め、頭を抱えていたと聞いた。

「みなさん惨殺された遺体とか、酷い物は見たことは?」

場所は変わり沖縄大学医学部の付属病院。ここで伊藤誠の遺体が司法解剖さていた。
司法解剖を担当した医学部の教授は野瀬達にまず注意を促した。
野瀬はちらりと森野を一瞥した。まだ彼女は遺体と対面した事が無い。ましてや那覇署で聞いた状況ではかなり凄惨なものである。

(けれども、警察官の仕事をしてたらいつかは見なきゃならん事だし…)

心配しつつも森野も誠の遺体を見せる事にした。

「これも経験しなくてはならない事ですから」

森野は野瀬と自分の両方に向けて言っていた。

「もう一度言いますよ。この遺体は酷いものですよ」

教授は白いシーツの端を掴みながら再度注意した。そのシーツの下に台に乗せられた伊藤誠の遺体があるのだ。

「では…」

野瀬・高町・森野の顔を見てから教授はシーツを捲った。

「うっ…」

森野はすぐさま右手を口に当てて誠の死体から目を逸らした。

「これを使って」

教授は紙袋を森野に渡した。森野は隅で嘔吐した。

「こりゃ女性、いや、新人にはキツイですね」

高町が誠の遺体を見て言った。
目の前には人の形に置かれたバラバラの部位が台の上に置かれていた。

「それにしても、若い子がよくやったもんだと思いますよ」

教授は冷めた口調で言った。幾つもの遺体と対面したせいだろうか。

「腹部から胸部にかけて刃渡り5センチの文化包丁で複数刺した跡がありました。どうやらこれでショック死したのが死因でしょう」

教授は続けて説明した。
この説明に野瀬は伊藤誠殺しが西園寺世界によるものと確信した。榊野学園屋上に落ちていた血の付いた包丁。それで誠を殺害した世界は言葉をもその包丁で殺めようとしたのだろう。
包丁の血は野瀬の目の前に骸となった誠のもので、世界はその包丁に言葉の血を染みこませようとしたが敵わなかった。
聞いた話では桂は居合いの達人だという。少しでも戦うやり方をしっていた桂に西園寺は返り討ちにあったのだろう。

「お、こんな時に」

突然野瀬の携帯電話から軽快な着信メロディが流れる。野瀬は慌てて上着のポケットから携帯電話を取り出した。
電話の向こうからは焦った声で那覇署の刑事の声が聞こえた。

「大変です野瀬さん。桂が病室から逃げたそうです。もしやと思ってそちらに電話してみたんですが」

「なんだって!それだと病院から逃げたのか?」

「それはまだ分かりません。こちらの警官と病院の職員が懸命に探してますが…」

「我々もそちらに向かう」と言って電話を切った野瀬は高町と森野に言葉が搬送された病院に行くことを言った。

「どこまでも意表を突くお嬢さんだ」

高町は呆れたように言った。


 

那覇市内にある県立病院。ここでは手の空いた看護師と駆けつけた警官とで病院内を捜索中であった。病院に到着した野瀬達は近くにいた巡査長に状況を聞いた。
巡査長は病院を中心に那覇署の警官が市内を捜索中であることに病院内も巡査長を含む警官3人が病院の職員と共に捜索中だと教えてくれた。

「桂はこの街はよく知らない筈だ。それに体力もまだ回復していないだろうからそう遠くには行かないと思うが」

野瀬は言葉がどう動いているか過去の経験から推測する。
逃げるにしても所持金が無い言葉が沖縄から出る事は出来ないだろう。もしかすると愛しい誠の亡骸を取り戻すために探し歩いてるのかもしれない。だが、言葉が沖縄大学に誠の遺体がある事を知らない。探すにしても当ても無く那覇市内をさ迷っているだろう。

「患者服で歩いているからすぐに見つかりそうですよね」

森野がそう訝しげに言った。地味な患者服でも街で歩けば風変わりで目立つからすぐに見つかるだろうと思っていた。

「見つからないとなると、変な男に捕まったか…」

高町が予想される危険を予測した。患者服で歩く妙な女でも中には平気でナンパしたり邪な目的で連れ去る事もあり得る。
野瀬達が言葉の動きを推理している時に1人の警官が報告に来た。

「那覇港の近くで不審な女が歩いているとの目撃情報が3件ありました」

野瀬はこれが言葉だと思った。ハズレの情報であってもそれを確認して情報を絞るのが刑事の仕事でもある。

「よし、那覇港に行こう」

野瀬が決断し、病院の前で客待ちをしていたタクシーに乗り込んで那覇港へと向かう。

「那覇港の周辺にはヨットハーバーが幾つかあるみたいですね」

森野が窓から見える看板を見て言った。那覇港の近くで8件ものヨットハーバーの店がある。

「桂はまだヨットに伊藤の遺体があると思っているのだろうな…」

野瀬は言葉が哀れに思えた。言葉なりに考えて行動しているのだろうが報われないであろうからだ。
単純に桂家のヨットを探すなら那覇港に向かうのは間違いは無い。あのヨットは那覇港内にある海保の基地にあるからだ。だが、海保が言葉にヨットを明け渡す事は無いだろう。仮に言葉の執念でヨットに辿り着いても本当の目的である誠の亡骸は無い。言葉の行動は絶望しか結末が無い。

「あっ!居ました!桂です!」

高町が車内で叫ぶ。黒髪のロングヘアに白い患者服を着た桂言葉が野瀬達が乗ったタクシーの横を通り過ぎたのだ。心得たタクシーの運転手は「ここで止まりますか?」と聞き野瀬は「お願いします。それと少し待っていてください」と答えた。
タクシーから降りた野瀬達は走った。何故なら言葉は走っていたからだ。言葉の背後には警官2人が言葉を追っていた。野瀬達はその警官と共に言葉を追いかける事となった。

(まったく、衰弱していたのに無理をする)

野瀬は必死に逃げる言葉の後ろ姿を見て呆れるに近い感心をした。
だが、いくら執念があってもこれまで意識不明で衰弱していた言葉の身体は限界を迎えた。段々と言葉の足は遅くなり距離が縮む。けれども身体を引きずるように言葉は前へと進もうとする。

「桂さん。桂言葉さん」

野瀬は言葉のすぐ後ろまで近づいて呼んだ。これに言葉の動きが止まった。

「桂言葉さんだね。病院へ戻ろう」

優しく野瀬が言う。すると言葉はゆっくりと野瀬達の方に向く。

「あの、教えてくれませんか?」

言葉の質問は何か野瀬には分かった。

「伊藤誠君の事だね」

「そうです。誠君はまだヨットの中ですか?だとしたら迎えに行かないと」

「……残念だが伊藤誠はこの街には居ないんだ」

「どこですか?教えてください」

言葉は光を失い曇った瞳で野瀬を見つめながら落ち着いた声で訊いた。

野瀬は思い切って真実を言う事にした。

「伊藤誠は死んだんだよ」

緊張が一気に張り詰める。この一言で言葉が逆上するかもしれない。

「嘘ですよそれは」

「え…」

言葉は落ち着いた態度を崩さすに言った。逆に野瀬達が驚き、言葉の返事の内容に戸惑う。

「誠君を隠してそうやって私を困らせようとするんですね」

「いや、そうでは無いんだ」

「早く教えて下さい。誠君がどこに居るのか」

野瀬が手詰まりになったと見ると高町が動いた。

「ごめんね桂さん。このおじさん冗談が好きだから。伊藤君は病院に居て治療中なんだ」

「それは本当なんですか?」

高町の演技に言葉の曇った瞳に僅かに光が戻ったように見えた。

「あ~本当だよ。けど、重症だからすぐに会えないんだ。すまないけど我慢できるかい?」

「ええ。私病院へ戻ります」

高町のまるで子供をあやすような言い方に言葉は納得した。森野が言葉の側に行き、待たせてあるタクシーへと連れて行く。警官は無線で言葉を確保した事を伝えた。

(これで一区切りだな)

野瀬は森野に付き添われて歩く言葉を見て僅かに安堵した。これでようやく事件の当事者に出会えたのだ。これで事件は本格的な究明に向かうだろう。
だが、事件の究明はすっきりとしたものではない。人間の苦しみと醜さなどの暗部を見る事になるからだ。

「あんなお嬢ちゃんにある闇…」

野瀬は言葉の瞳を曇らせた闇と対面する事に深いため息を静かに吐いた。


 

言葉の担当医師は1週間入院させて体力を回復させてから住んでいる原巳浜の自宅で療養させるべきだと言った。
いくらほとんど容疑者であると確定していても身体の弱っているのを無理矢理は連行できない。
退院した言葉は両親と共に原巳浜へ帰った。この時点で両親は野瀬から自分の娘がどんな状況で海保に身柄を確保されたか聞かされていた。両親は「少しの間は療養が必要ですから」と野瀬に娘が警察に行くまでの猶予を求めた。野瀬は「まあ、体調が整ってからでないと無理ですからね」とお茶を濁した。

事件から1ヶ月が過ぎた。年を越して正月気分が抜けた頃に野瀬達は桂家を訪れた。
気さくに野瀬に「久しぶりですね」と話しかける言葉はどこか仮面を被った様に見える。

「桂さん。原巳浜署まで来てくれませんか」

野瀬が重い声で言った。

「何故ですか?」

言葉は平然と言った。

「西園寺世界さんに伊藤誠君の事で聞きたい事があってね」

それを聞いた言葉の表情が一気に醒めたものへと変わり野瀬達に背を向けた。

「知りませんよ西園寺さんなんて」

言葉の口調にはどこか怒りが含まれた冷たいものであった。

「少しでも良いから話して欲しいの。お願い」

森野がこう言っても言葉は「私は西園寺さんなんて知りません」と繰り返すだけであった。

逆に「誠君にはいつ会わせててくれるんですか」と厳しい眼差しで聞かれる。

今や言葉をなだめる役になった高町でも彼女を動かす事は出来なかった。

「言葉…」

3人の刑事達が困り果てたのを見かねた言葉の母親である桂真奈美が話しかける。

「言葉。この人達の言うことを聞きなさい」

「どうして?何でこの人達に」

哀れなる自分の娘。今は犯してしまった過ちを償わせなければならないと母は必死に娘に言い聞かせる。

「言葉。何をしたのか分かっているでしょ?」

「私は…私は…」

母親が初めて事件について触れて言葉は動揺した。

「いい加減にしなさい言葉!」

真奈美は一喝した。言葉はそれに打ちのめされたように頑なな態度から黙って大人しくなった。

「お母さん。よろしいですね?」

野瀬は真奈美に確認した。

「娘を…お願いします」

母親の了解を得て森野が言葉に寄り添い任意同行での連行をした。言葉はうつむいて黙ったままだった。


 

「そうです。私が西園寺さんを殺しました」

原巳浜署での取り調べでは言葉は西園寺世界殺人を認めた。

「西園寺さんは包丁をジャンパーのポケットから取り出そうとしたので私はその西園寺さんの右手を掴んで包丁から手を離させました。そして私は西園寺さんの首筋を鋸で斬りました」

その殺害に至る場面を言葉はすらすらと語った。けれどもその供述を語る口調は無感情であった。凄惨な現場を思い出しているにも関わらず。

「それから貴方はどうしました?」

取り調べをしているのは野瀬だった。一応言葉の近くに森野を置いて女性に対する配慮を形式的にした。
野瀬は世界殺害後の言葉が行ったあのおぞましい行動を自ら語るか質問した。
「私は…」と一旦間を空けた言葉。

「倒れた西園寺さんの身体に鋸でまた斬りました」

「どこを?」

それまでの滑り良い語りから区切って話す言葉の態度が変わった事に野瀬と森野に緊張が高まる。

「私は。西園寺さんの下半身の辺りを切って…開きました」

言葉は簡単にだが世界の下半身を切り裂いた事を語った。
野瀬はここから更に突き詰めるべきか迷った。感情が乱れ始めた言葉がこれから正確な供述をするか疑問だからだ。

「何故西園寺さんの下半身を切り裂いて開いたんだ?」

野瀬は思いきって聞いた。

「……だって、西園寺さんが誠君の子供が出来たなんて言うからですよ」

言葉の双眸はまたどんよりと暗く映えた。
森野は豹変した言葉と事件の真相に驚きを隠せない表情をした。野瀬はよくある事例としてあまり驚く事は無かった。

「西園寺さんは誠君の子供が出来たて言うから私は病院を紹介してちゃんとした検査を勧めたんですよ」

質問された訳でもないのに言葉は語る。野瀬と森野は黙って聞く。

「でも西園寺さんは聞いてくれなかったみたいで…だから私は調べたんです」

暗く重いその瞳は言葉に悪魔が憑依したように野瀬は見えた。この事件が無ければ血生臭い事とは無縁のお嬢さんそのままだっただろうに。

「私は西園寺の下半身を切って中を確認しました。でも、中に誰もいませんでした」

言葉の言うとおり世界は妊娠していなかった。それは司法解剖で確認されている。
森野は言葉の確認方法を想像したのか車に酔ったように顔色が良く無い。

「それからどうしました?」

野瀬は顔色を変えずに取り調べを続ける。

「私は誠君と一緒に学校を出ました」

ここで初めて誠が供述に現れた。しかし、世界殺害の時にはもう誠は死亡している。それなのに誠と一緒に居たかのような事を言うのだろうか?と野瀬は眉をひそめた。

「伊藤さんと一緒に何処へ行ったのですか?」

野瀬は言葉に合わせる事にした。

「ヨットハーバーです。約束していたんです二人でヨットでクルーズするって」

「そうでしたか。では、今日はここまでにしましょう」

野瀬は取り調べを終わらせた。言葉は署内の拘置所に婦人警官二人に連れられて向かう。
この取り調べで言葉は世界殺害を認めた。これにより言葉は任意同行による拘留から裁判所から逮捕状が発布されて逮捕となる。
罪状はここでは世界殺害による殺人罪である。


 

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「今日、最初のニュースは榊野学園での殺人事件からです。女子生徒が学校の屋上で殺害された今回の事件は警察による現場周囲の聞き込みや現場検証が行われているものの、犯人の特定には至っていません」
女性アナウンサーが淡々と伝える。
テレビのニュース番組はどれもトップニュースで世界が殺された事を報じていた。けれども未成年という事で名前は伏せられていた。
「原巳浜署の山田さん。何か新しい情報がありますか?」
アナウンサーは原巳浜署の前に居る局の記者を呼んだ。テレビの画面はアナウンサーの言葉を聞くために付けた耳のイヤホンを調節する眼鏡の男を映し出す。
「え~捜査本部の会見では犯人の特定はある程度できていると発表がありました。その為に捜査は広範囲に広げているそうです」
記者は少し焦り気味に言った。
「つまり、犯人は原巳浜より逃走していると言う事ですか?」
アナウンサーが聞き返す。
「そのようです。詳しい事は何も発表がありません」
「他に新しい情報は無いですか?」
スタッフのカンペをちらりと見たアナウンサーが記者にまた尋ねる。
「捜査本部の発表では原巳浜で起きたアパートでの事件も今回の事件と関連性があると断定しました。犯人は2人を殺害した可能性があるとして捜査をする――――」
そこでテレビのチャンネルが変わり、黄色い全身タイツを着た中年の男がハイテンションで体操する場面が映る。
「どうも、最近はこんなバカみたいな番組を見ると和むんだよなあ」
野瀬が缶コーヒーを飲みながら署内でしみじみと言う。テレビからは「今日も元気に体操だ!」とかけ声を出して力強い運動を全身タイツの男がしている。
「テレビで仕事の事を見るのは疲れますね。覚悟していたとはいえ」
高町もテレビを見ていた。殺伐とした事件に向き合う仕事をしていると毒にも薬にもならないモノが良い意味での現実逃避にさせる。
「にしても、だいぶ捜査情報が出回ってますね」
高町が切り出す。
「確信的な所を警察OBの評論家やウチの署のもんにパイプがある記者がバラしてるな。さすがに犯人が未成年だから実名は伏せられているが…」
野瀬はふうとため息を少し吐きながら言った。マスコミは様々な人脈を使い事件の新しい情報を得ようと躍起になっていた。週刊誌や一部の報道番組では「殺害した犯人は被害者と同じ学校に通う生徒」と書かれていた。また、生徒からの聞き込みで世界・言葉・誠の三角関係についても週刊誌では噂による根拠がない情報をも載せられていた。
この生徒からの情報は野瀬と高町も何度も聞いた。それは噂もあったが、半数は信じがたい本当の話であった。
「桂さんの事?あ~伊藤くんの彼女だと言い張った子だったわね」
これは3人組で居た女生徒の発言。この時は聞いてるだけでもウンザリな言葉への罵詈雑言を野瀬と高町に聞かせた。後に別の生徒からこの3人組が誠と関係があった事を知り、野瀬と高町は呆れる事になる。
「西園寺さんと桂さんの事はよく知らないけど、伊藤くんの事なら……まあ、前と変わったかな。前は優しかったのに」
ポニーテールをした真面目そうな女生徒が語った。その目は誠への侮蔑と哀れんだものが混じっていた。
「誠はいい奴だったんだよねえ。だけど西園寺さんを妊娠させるなんて思わなかったよ。教室で西園寺さんが誠に『妊娠したんだ』と大声で言ってさ、その後に吐いちゃって。あんな顔していて凄いもんだよ……え?桂さんの事?…いや、それはよく知らないんだ…いや本当に」
誠の親友であり、言葉に好意を抱いていたと言う男子生徒から聞き込みをした時は言葉については最初口をつぐんだが、言葉に好意を抱いていた事を知っていると言うと「桂さんは好きだった。だけど振られたんですよ」と淋しげに言った。
これを同じ事を聞いたマスコミは
「恋愛のもつれでの殺人か?」「乱れた泥沼の関係」「被害者の少女の彼氏は二股どころじゃない遊び人」など、事件の背景を知った週刊誌のマスコミは好餌とばかりに次々と過激なタイトルで記事を書いた。
「どうも、時々マスコミにネタを与える為に仕事してるんじゃないかと思ってしまうんですよね」
「そんな考えはよそうぜ。余りにも自分が哀れだ」
警察は時に世間に晒され、重圧を受ける職業でもある。


この日の捜査会議は誠の部屋のカーペットに付着した血痕の分析結果を報告する所から始まった。
「分析の結果。伊藤誠の血液型であるO型のものと判明しました。また、科捜研(科学捜査研究所)によるとカーペットに染みこんだ血液の量から伊藤誠の生存はかなりの確率で低いとの事です」
担当刑事の報告に誰もが予想通りだと思った。
「伊藤誠が死んだとすると、死体は何処に行ったかだ」
課長の疑問に少し答える形で担当刑事が報告を続ける。
「カーペットの分析で、人骨と金属の粉が採取されました」
その報告に場が少しどよめく真相に近くなったからだ。
「科捜研は、これをノコギリで切って出た骨の切り屑と、ノコギリの一部が欠けたものだと分かりました」
担当刑事の言葉が意味するのは残忍な事であった。それに一堂は息を呑む。
「つまり。伊藤誠は殺害された後にノコギリでバラバラにされたと?」
管理官が冷静に担当刑事に聞く。
「ここからは私の推論ですが。切断された伊藤の遺体は誰かに運ばれたものと思われます」
担当刑事は自分の推理を言うと報告を終わって着席した。
「殺しと遺体切断。これを桂がしたのか。女は怖いよな」
野瀬は高町にだけ聞こえる様に言った。
「ホントですね。あんな可愛い子が」
高町は哀しげに答えた。
「ここで予想出来るは桂がバラした遺体を運んだかもしれないと言う事だな」
課長は皆が思った事を言う。それは新たな問題の提示だ。
「だとすると、どうやって運んだかだ」
課長が言うのはバラバラとなった誠の遺体をどんな手段で運んだかだ。バラバラにしても遺体はかなり重い。それを10代の少女が運ぶのは難しいだろう。もしかすると誰か共犯が居るのでは?と課長は含みのある事を言っているのだ。
「それに関して情報があります」
野瀬がおもむろに発言する。
「桂家の所有するヨットが泊まっていたヨットハーバーでの聞き込みをしたところ、桂はヨットで出た当日に大きなバッグを持っていたと管理者の証言があります」
これは以前に野瀬が捜査会議で報告した事だ。野瀬は事件に大きく関わると感じて再度同じ報告をする。
「以前はこれを逃走用の日用品や服を詰め込んだものと考えていましたが…もしかすると中はバラバラになった遺体がある可能性も大きいかと」
これを聞いた課長は「愛する彼氏を側に置きたいか…」と感想を漏らした。
「それが本当なら海上保安庁を待つしかないな」
管理官は行き詰まったと感じたように言う。今はどこかの海に居る言葉を探すのはここの刑事達では無理だからだ。
「もしも、そのまま長く発見されなかったら桂は…」
ぽつりと高町が言うと
「滅多な事を言うな。あんなお嬢さんと死体で対面するのは寝覚めが悪いじゃないか」報告と意見を述べて着席した野瀬が言った。例え犯人でも死体で出会うのは気持ちの良いものでは無い。それは自分達の手柄がどうこうの問題ではない。犯人自身が死ぬことで事件を葬るからだ。
(海保さん。早く見つけてくれよ…)
野瀬は改めて海保の成果を祈らずにいられなかった。


沖縄本島沖の海上。

ここを飛行する1機の航空機がある。YS-11。戦後日本が初めて開発した旅客機である。このYS-11は「しゅれい1号」の名称で海上保安庁第11管区所属の機体だ。定時の飛行で沖縄本島周辺の海域上空を飛行していた。
「9時に小型船発見」
「確認の為に左へ旋回しつつ高度を下げるぞ」
「しゅれい1号」のクルーは原巳浜署からの要請も聞いていたが、何よりもこの海域では中国からの密航船が来る場合がある。それが無いか確認するのが第一であった。
「確認しましたヨットです」
胴体後部の直径800mmの球型見張り窓からそれを見たクルーが報告する。
「ヨットと言うと、警察の要請で確認せにゃいかんな」
機長がそう言うと、目的を変えてもう一度2基のターボプロップエンジンを唸らせて旋回し、ヨットを確認する作業に入る。
「どうだ?」
機長が聞くと「姿は情報にあったヨットと同じです」と見張りは言う。その見張りはビデオカメラでそのヨットを撮影していた。
「しゅれい1号」がそのヨットの上空から去るとカメラの液晶画面で映したヨットの映像を再生する。その時に船体に書かれたヨットの名前と警察から要請のあったヨットの名前と照合する。
「当たりです!」
こう見張りが叫ぶと機長は那覇基地に連絡し、そこから第11管区海上保安本部に情報が伝わる。
そして巡視船「りゅうきゅう」に現場急行の指令が飛ぶ。
「りゅうきゅう」は現場海域に着くとヨットの進路を阻む位置で止まり。3人の海上保安官をボートで件のヨットに向かわせた。
「乗ってるのはあの殺人事件を起こした少女だ。子供だと言っても油断するなよ」
ボートでの移動前にこう訓示をした。もしかすると、乗り込んだ海上保安官に危害を加える可能性があるからだ。
「こちらは海上保安庁です!桂言葉さん!出てきて下さい!出てこなければ船内へ入りますよ」
3人の保安官を指揮する男がメガホンで呼びかけるがヨットからは何も動きは無い。
「よし、乗り込むぞ」
静かなヨットへボートを横付けし、保安官達は乗り込む。
「お…」
乗り込んですぐにヨットのデッキで横たわる言葉を発見した。
「何かを抱えて……うわああ!」
言葉の側に来た保安官が驚愕する。言葉の腕の中には人間の頭があったからだ。それは血の気が失せ青白い。もちろんそれは誠の頭である。
「ど…どうなってるんだ…」
テレビで事件の事を知っているとはいえ、目の前の現実は予想を上回るものだ。
当の言葉は痩せこけた顔で眠ったように意識がない。
「その頭は取りあえずそっちに、まずは桂さんの脈を測れ」
それまで一心同体の如く言葉に抱かれた誠の頭はこうして引き離された。
「微弱ですが脈はあります」
言葉の手首から脈を測り虫の息に近いものの生存を確認した。
「『りゅうきゅう』へ。こちら桂言葉を発見。本人は意識不明の状態です、すぐに病院への搬送を」
こう保安官が無線機で報告し息継ぎをした後で報告は続く。
「尚、男性の頭部も発見しました」
これに「りゅうきゅう」からはざわめきが聞こえる。
「おい、何やってるんだ?」
通信を終えると1人の保安官の行動が目に留まる。その保安官は言葉の側にあったバッグを開こうとしている。
「この船に乗り込んでから変な臭いがしてたんで気になってたんですよ」
と、その保安官が言う。確かにこのヨットは異様な生臭さに包まれている。それは誠の頭から発するものかと思っていたが、この保安官は違う所に原因を見つけていた。
「このバッグ。少し開いてるでしょ?まさかと思いますが」
こう言いながら保安官はバッグに手をかける。チャックが勢い良く下げられると臭いは濃さを増した。
「うぐう…・」
バッグを開いた張本人は中身を見るや海へ向けて嘔吐した。もう一人も少しだけ見ると同じ反応をした。
「くっ…狂ってる…」
指揮する保安官は経験からか嘔吐まではいかないものの、バッグの中身を見て背筋が凍り身体は軽い震えをもよおした。
そのバッグの中身。
切断された誠の身体が詰め合わされていた。その刻まれた部位から流れた血がバッグの中を赤黒く染め、南海の太陽に照らされて鈍い光を放ってはいたが、剥き出しの骨や筋肉や気管をを覆い隠す事は出来なかった。また、胴体を2つに切ったせいか腸や肝臓と思われる臓器がひしめき合う誠の肉体の間に挟まれていた。


 

それは冬の日の事である。

「学校の屋上に女子の死体があります!」

夕方にかかったこの110番から10分も経たない内に現場となる榊野学園に近くの交番から来た警官をはじめ自動車警邏隊のパトカーが到着する。彼らは学園の教頭に案内されて校舎の屋上へ案内される。
そこで死体となった少女と対面しつつ現場保存を始める。幸いに屋上であるから出入り口だけに立ち入り禁止を伝える黄色いテープを張るだけで済んだ。後はすぐに来る鑑識や捜査員を迎える準備、車両の乗り入れるスペースの確保と野次馬となった生徒達を抑える仕事を始めた。
こうして整えられた現場に原巳浜署刑事課の野瀬警部補と高町巡査部長が到着した。
冬の夕方は日の入りが早い。野瀬と高町が来た時には通報から10分以上しか経っていないが夜の暗さが濃く茜色の夕日が僅かに残るだけである。
警官とパトカーが来た事で生徒がまだ野次馬として校内やグラウンドに残り物珍しそうに野瀬と町田を見ている。携帯電話のカメラで2人は撮られる事もあった。中にはマスコミから取材を受ける生徒も居る。
そんな喧騒を抜けて校舎の屋上へ向かう。先に来ていた鑑識係が屋上の四方から何か証拠を探そうと作業をしている。その中央には仰向けに倒れる少女の遺体がそこにある。

「被害者はこの学園の生徒で西園寺世界さん。鑑識の報告では頸部(首)を斬られて上行大動脈からの出血による失血死が死因だそうです」

高町が最初に到着して事情を聞いていた警官と鑑識の報告を野瀬に伝える。

「首斬るだけじゃ済まずにここまでやるとはな…」

野瀬は世界の遺体を見ながら呟く。世界の遺体は下半身が縦に切り開かれている。

「まるで切り裂きジャックですね」

「だな、臓器まで取っていたらそうだ」

切り裂きジャック。19世紀イギリスのロンドンで売春婦5人を殺害した犯人の事だ。被害者は殺された後に肝臓や子宮・膀胱を抜き取られた。世界の遺体は臓器こそ抜きと取られて無いが、身体の内部を開くような切り方に町田は似ていると思ったのだ。

「それにしてもむごい事をするものだ。犯人は猟奇を好む異常者か被害者を憎む者の犯行だろうな」

野瀬は犯人がどんな人間か仮説を立てた。

「この屋上で殺したとなると、顔見知りでしょうね」

「そうだろう。こんな人目をはばかる所で会うんだからな」

野瀬は屋上の周囲を見渡す。既に日は沈み夜の暗闇が広がる。鑑識が居るものの、野瀬の目には誰も居ない静かな屋上の風景が見えた。そこに立つ西園寺世界。彼女は怯えながら殺されたのか?それともいきなり不意を突かれて殺されたのか?犯人は男か?女か?野瀬は現場からイメージを膨らませるが決定的なものは見えない。


原巳浜署に「榊野学園女子生徒殺人事件特別捜査本部」が設置された。

通報があった翌日。ある程度の情報が集まり捜査会議が開かれる。

「殺害された西園寺世界さんは司法解剖の結果。通報の日の前日夜に殺害された事が判明しました。凶器は切り口からノコギリか糸鋸だとの事です」

捜査会議は司法解剖の結果から始まった。凶器の異常さに誰もが驚く。

「殺害現場では、包丁が見つかっていますが付着している血液は西園寺さんとは違うものだと判明しました。それに包丁の指紋は西園寺さんのものです」

鑑識が報告する。殺害現場には1本の血まみれの包丁があった。それは世界の遺体の側にあり最初はその包丁での犯行だと思われていたが、事実は不可解な謎を生みつつある。

「よく分からん事件だな。ノコギリで殺されたが別人の血が付いた包丁があるとわな」

刑事課の課長がぼやく。確かにそうだ。1本の包丁がこの事件の真相がまだ深く見ない所にある事を示している。

「聞き込みの情報は?」

管理官の警視が並ぶ捜査員に向かって聞く。それを町田が答える。

「生徒からの聞き込みでは西園寺さんには男子生徒との交遊関係でトラブルを抱えていたそうです」

これに誰もが「やはり」と言う反応をした。

「その男子生徒は同じクラスの同級生の伊藤誠。事件の前まで付き合っていたようですが、どうやら西園寺さんを妊娠させていたらしく。その事で言い争いをする2人の姿が目撃されています」

町田の説明に一部の中年捜査員が「これだから最近の若者は~」と小声で隣の捜査員に言った。

「となると、伊藤誠が妊娠した世界に言い寄られた事を逆恨みして殺害したという事か?下半身を裂いたのは本当に妊娠してるか確認する為と」

課長が事件の辻褄を合わせようとまとめる。

「その伊藤誠ですが、もう一人交際していた人がいます。同級生ですが別のクラスの桂言葉。どうやら西園寺さんと付き合う前から桂さんと交際していたようです」

「ほお~二股か」と捜査員の誰かがはやし立てる。

「三角関係になった事で嫉妬が生まれて桂さんが西園寺さんを殺害すると言う事も考えられます」

野瀬が言うと課長も管理官も頷く。

「今回の事件は伊藤と桂の2人が被疑者か。その2人を重点的に捜査だな」

課長が捜査方針を決めようとした時、1人の刑事が立ち上がる。

「実はその、伊藤誠ですが。本人の自宅で大量の血痕が発見されたんです」


昨晩。伊藤誠の自宅より通報があった。

通報したのは看護師をしている伊藤誠の母親である。仕事から帰り自宅に戻った母親は職場でよく嗅ぐ臭いを感じた。血の臭いだ。
それを不審に感じて母親は臭いの元を探る。それは息子、誠の部屋であった。そこを開けた彼女は信じられない光景を見る。床が血だらけなのだ。
けれども血が流れた元が無い。ただ青いカーペットを染める血の斑紋があるだけだ。
これは世界の殺人事件とは別に扱われたが、伊藤誠が捜査線上に浮かんだ事で同一事件として扱う事となった。

「血痕の分析結果は今週中に出ます。それと指紋の採取で伊藤親子以外に西園寺世界のものと別の誰かの指紋も採取しました」

伊藤誠宅での事件を担当した刑事が説明する。

「アパートの住民の話ではつい最近、伊藤さんの部屋から女の怒鳴り声が聞こえたそうです。それと西園寺さんが殺害された当日と前日の夜には西園寺さんがアパートに来ている事が判明しました。また、同じく桂さんもです」

この説明で誰もが不明な人物の指紋が言葉のであると確信した。

「問題は伊藤誠が何処に居るかだ。血痕の事を聞くに彼は殺害された可能性が高い」

管理官がこう言うと課長も「そうだな」と同調する。

「捜査方針は。伊藤誠の行方を捜す事と桂言葉に会って事情を聞く。これで決まりだ」

方針が決まると会議は終わり捜査員達は自分の仕事をするべく会議室を出る。

「高町。桂言葉の自宅に行くぞ」

野瀬は高町を連れて被疑者の1人である言葉に会うべく高町と共に行く。


「帰ってきてない?」

野瀬と高町が桂家を訪れると母親から

「私の娘がまだ帰って来ていないんです。つい昨日捜索願を出した所ですよ」

と言われた。これが管轄の違いから来る弊害か、情報が刑事課に届かなかったのだ。
言葉は事件の翌日には彼氏の誠と共に桂家が所有するヨットでクルージングをしていたそうだ。だが、そのクルージングから戻らないと言う

野瀬は代わりに母親から言葉について聞き出す事にした。
最近の様子や誠や世界の事を。

「娘が犯人だとお思いですか?」

事件を知っている母親は野瀬に苛立っていた。我が子を被疑者にされれば怒りを持つのは当たり前だ。

「いえいえ、これは娘さんが犯人では無いと言う確認作業ですよ。それをはっきりさせれば疑いは晴れます。それまではどうか無礼をお許し下さい」

野瀬が丁寧な言葉で感情が高ぶりつつある言葉の母親をなだめた。

「それなら良いのですが…」

それから聞き出した情報は事件解決に繋がる事では無かった。誠は言葉の彼氏だという事は知っていても、どんな人間かは詳しくは知らないようだ。世界の事は全く知らない。言葉の事は最近夜に出歩く事が多いと言うのが事件と繋がるかもしれない言葉の心理状態を示す情報とはなった。

「まさかヨットで逃げたんですかね?」

高町が桂家を後にして言った。

「有り得なくは無いが、だとしたら外見に似合わず大胆な事をするお嬢さんだ」

野瀬はこう言うが過去の経験からすれば虫も殺さないような温厚で優しい性格だという人間が大胆な行動を起こすのだ。

「まずは、早く海保がヨットを見つけて欲しいものだ」

捜索願を出された後で警察から海上保安庁に捜索の要請が出されていた事が言葉の母親から伝えられた。今は海の上に居る被疑者が戻るのを待つしかない。



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