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「今日、最初のニュースは榊野学園での殺人事件からです。女子生徒が学校の屋上で殺害された今回の事件は警察による現場周囲の聞き込みや現場検証が行われているものの、犯人の特定には至っていません」
女性アナウンサーが淡々と伝える。
テレビのニュース番組はどれもトップニュースで世界が殺された事を報じていた。けれども未成年という事で名前は伏せられていた。
「原巳浜署の山田さん。何か新しい情報がありますか?」
アナウンサーは原巳浜署の前に居る局の記者を呼んだ。テレビの画面はアナウンサーの言葉を聞くために付けた耳のイヤホンを調節する眼鏡の男を映し出す。
「え~捜査本部の会見では犯人の特定はある程度できていると発表がありました。その為に捜査は広範囲に広げているそうです」
記者は少し焦り気味に言った。
「つまり、犯人は原巳浜より逃走していると言う事ですか?」
アナウンサーが聞き返す。
「そのようです。詳しい事は何も発表がありません」
「他に新しい情報は無いですか?」
スタッフのカンペをちらりと見たアナウンサーが記者にまた尋ねる。
「捜査本部の発表では原巳浜で起きたアパートでの事件も今回の事件と関連性があると断定しました。犯人は2人を殺害した可能性があるとして捜査をする――――」
そこでテレビのチャンネルが変わり、黄色い全身タイツを着た中年の男がハイテンションで体操する場面が映る。
「どうも、最近はこんなバカみたいな番組を見ると和むんだよなあ」
野瀬が缶コーヒーを飲みながら署内でしみじみと言う。テレビからは「今日も元気に体操だ!」とかけ声を出して力強い運動を全身タイツの男がしている。
「テレビで仕事の事を見るのは疲れますね。覚悟していたとはいえ」
高町もテレビを見ていた。殺伐とした事件に向き合う仕事をしていると毒にも薬にもならないモノが良い意味での現実逃避にさせる。
「にしても、だいぶ捜査情報が出回ってますね」
高町が切り出す。
「確信的な所を警察OBの評論家やウチの署のもんにパイプがある記者がバラしてるな。さすがに犯人が未成年だから実名は伏せられているが…」
野瀬はふうとため息を少し吐きながら言った。マスコミは様々な人脈を使い事件の新しい情報を得ようと躍起になっていた。週刊誌や一部の報道番組では「殺害した犯人は被害者と同じ学校に通う生徒」と書かれていた。また、生徒からの聞き込みで世界・言葉・誠の三角関係についても週刊誌では噂による根拠がない情報をも載せられていた。
この生徒からの情報は野瀬と高町も何度も聞いた。それは噂もあったが、半数は信じがたい本当の話であった。
「桂さんの事?あ~伊藤くんの彼女だと言い張った子だったわね」
これは3人組で居た女生徒の発言。この時は聞いてるだけでもウンザリな言葉への罵詈雑言を野瀬と高町に聞かせた。後に別の生徒からこの3人組が誠と関係があった事を知り、野瀬と高町は呆れる事になる。
「西園寺さんと桂さんの事はよく知らないけど、伊藤くんの事なら……まあ、前と変わったかな。前は優しかったのに」
ポニーテールをした真面目そうな女生徒が語った。その目は誠への侮蔑と哀れんだものが混じっていた。
「誠はいい奴だったんだよねえ。だけど西園寺さんを妊娠させるなんて思わなかったよ。教室で西園寺さんが誠に『妊娠したんだ』と大声で言ってさ、その後に吐いちゃって。あんな顔していて凄いもんだよ……え?桂さんの事?…いや、それはよく知らないんだ…いや本当に」
誠の親友であり、言葉に好意を抱いていたと言う男子生徒から聞き込みをした時は言葉については最初口をつぐんだが、言葉に好意を抱いていた事を知っていると言うと「桂さんは好きだった。だけど振られたんですよ」と淋しげに言った。
これを同じ事を聞いたマスコミは
「恋愛のもつれでの殺人か?」「乱れた泥沼の関係」「被害者の少女の彼氏は二股どころじゃない遊び人」など、事件の背景を知った週刊誌のマスコミは好餌とばかりに次々と過激なタイトルで記事を書いた。
「どうも、時々マスコミにネタを与える為に仕事してるんじゃないかと思ってしまうんですよね」
「そんな考えはよそうぜ。余りにも自分が哀れだ」
警察は時に世間に晒され、重圧を受ける職業でもある。
この日の捜査会議は誠の部屋のカーペットに付着した血痕の分析結果を報告する所から始まった。
「分析の結果。伊藤誠の血液型であるO型のものと判明しました。また、科捜研(科学捜査研究所)によるとカーペットに染みこんだ血液の量から伊藤誠の生存はかなりの確率で低いとの事です」
担当刑事の報告に誰もが予想通りだと思った。
「伊藤誠が死んだとすると、死体は何処に行ったかだ」
課長の疑問に少し答える形で担当刑事が報告を続ける。
「カーペットの分析で、人骨と金属の粉が採取されました」
その報告に場が少しどよめく真相に近くなったからだ。
「科捜研は、これをノコギリで切って出た骨の切り屑と、ノコギリの一部が欠けたものだと分かりました」
担当刑事の言葉が意味するのは残忍な事であった。それに一堂は息を呑む。
「つまり。伊藤誠は殺害された後にノコギリでバラバラにされたと?」
管理官が冷静に担当刑事に聞く。
「ここからは私の推論ですが。切断された伊藤の遺体は誰かに運ばれたものと思われます」
担当刑事は自分の推理を言うと報告を終わって着席した。
「殺しと遺体切断。これを桂がしたのか。女は怖いよな」
野瀬は高町にだけ聞こえる様に言った。
「ホントですね。あんな可愛い子が」
高町は哀しげに答えた。
「ここで予想出来るは桂がバラした遺体を運んだかもしれないと言う事だな」
課長は皆が思った事を言う。それは新たな問題の提示だ。
「だとすると、どうやって運んだかだ」
課長が言うのはバラバラとなった誠の遺体をどんな手段で運んだかだ。バラバラにしても遺体はかなり重い。それを10代の少女が運ぶのは難しいだろう。もしかすると誰か共犯が居るのでは?と課長は含みのある事を言っているのだ。
「それに関して情報があります」
野瀬がおもむろに発言する。
「桂家の所有するヨットが泊まっていたヨットハーバーでの聞き込みをしたところ、桂はヨットで出た当日に大きなバッグを持っていたと管理者の証言があります」
これは以前に野瀬が捜査会議で報告した事だ。野瀬は事件に大きく関わると感じて再度同じ報告をする。
「以前はこれを逃走用の日用品や服を詰め込んだものと考えていましたが…もしかすると中はバラバラになった遺体がある可能性も大きいかと」
これを聞いた課長は「愛する彼氏を側に置きたいか…」と感想を漏らした。
「それが本当なら海上保安庁を待つしかないな」
管理官は行き詰まったと感じたように言う。今はどこかの海に居る言葉を探すのはここの刑事達では無理だからだ。
「もしも、そのまま長く発見されなかったら桂は…」
ぽつりと高町が言うと
「滅多な事を言うな。あんなお嬢さんと死体で対面するのは寝覚めが悪いじゃないか」報告と意見を述べて着席した野瀬が言った。例え犯人でも死体で出会うのは気持ちの良いものでは無い。それは自分達の手柄がどうこうの問題ではない。犯人自身が死ぬことで事件を葬るからだ。
(海保さん。早く見つけてくれよ…)
野瀬は改めて海保の成果を祈らずにいられなかった。
沖縄本島沖の海上。
ここを飛行する1機の航空機がある。YS-11。戦後日本が初めて開発した旅客機である。このYS-11は「しゅれい1号」の名称で海上保安庁第11管区所属の機体だ。定時の飛行で沖縄本島周辺の海域上空を飛行していた。
「9時に小型船発見」
「確認の為に左へ旋回しつつ高度を下げるぞ」
「しゅれい1号」のクルーは原巳浜署からの要請も聞いていたが、何よりもこの海域では中国からの密航船が来る場合がある。それが無いか確認するのが第一であった。
「確認しましたヨットです」
胴体後部の直径800mmの球型見張り窓からそれを見たクルーが報告する。
「ヨットと言うと、警察の要請で確認せにゃいかんな」
機長がそう言うと、目的を変えてもう一度2基のターボプロップエンジンを唸らせて旋回し、ヨットを確認する作業に入る。
「どうだ?」
機長が聞くと「姿は情報にあったヨットと同じです」と見張りは言う。その見張りはビデオカメラでそのヨットを撮影していた。
「しゅれい1号」がそのヨットの上空から去るとカメラの液晶画面で映したヨットの映像を再生する。その時に船体に書かれたヨットの名前と警察から要請のあったヨットの名前と照合する。
「当たりです!」
こう見張りが叫ぶと機長は那覇基地に連絡し、そこから第11管区海上保安本部に情報が伝わる。
そして巡視船「りゅうきゅう」に現場急行の指令が飛ぶ。
「りゅうきゅう」は現場海域に着くとヨットの進路を阻む位置で止まり。3人の海上保安官をボートで件のヨットに向かわせた。
「乗ってるのはあの殺人事件を起こした少女だ。子供だと言っても油断するなよ」
ボートでの移動前にこう訓示をした。もしかすると、乗り込んだ海上保安官に危害を加える可能性があるからだ。
「こちらは海上保安庁です!桂言葉さん!出てきて下さい!出てこなければ船内へ入りますよ」
3人の保安官を指揮する男がメガホンで呼びかけるがヨットからは何も動きは無い。
「よし、乗り込むぞ」
静かなヨットへボートを横付けし、保安官達は乗り込む。
「お…」
乗り込んですぐにヨットのデッキで横たわる言葉を発見した。
「何かを抱えて……うわああ!」
言葉の側に来た保安官が驚愕する。言葉の腕の中には人間の頭があったからだ。それは血の気が失せ青白い。もちろんそれは誠の頭である。
「ど…どうなってるんだ…」
テレビで事件の事を知っているとはいえ、目の前の現実は予想を上回るものだ。
当の言葉は痩せこけた顔で眠ったように意識がない。
「その頭は取りあえずそっちに、まずは桂さんの脈を測れ」
それまで一心同体の如く言葉に抱かれた誠の頭はこうして引き離された。
「微弱ですが脈はあります」
言葉の手首から脈を測り虫の息に近いものの生存を確認した。
「『りゅうきゅう』へ。こちら桂言葉を発見。本人は意識不明の状態です、すぐに病院への搬送を」
こう保安官が無線機で報告し息継ぎをした後で報告は続く。
「尚、男性の頭部も発見しました」
これに「りゅうきゅう」からはざわめきが聞こえる。
「おい、何やってるんだ?」
通信を終えると1人の保安官の行動が目に留まる。その保安官は言葉の側にあったバッグを開こうとしている。
「この船に乗り込んでから変な臭いがしてたんで気になってたんですよ」
と、その保安官が言う。確かにこのヨットは異様な生臭さに包まれている。それは誠の頭から発するものかと思っていたが、この保安官は違う所に原因を見つけていた。
「このバッグ。少し開いてるでしょ?まさかと思いますが」
こう言いながら保安官はバッグに手をかける。チャックが勢い良く下げられると臭いは濃さを増した。
「うぐう…・」
バッグを開いた張本人は中身を見るや海へ向けて嘔吐した。もう一人も少しだけ見ると同じ反応をした。
「くっ…狂ってる…」
指揮する保安官は経験からか嘔吐まではいかないものの、バッグの中身を見て背筋が凍り身体は軽い震えをもよおした。
そのバッグの中身。
切断された誠の身体が詰め合わされていた。その刻まれた部位から流れた血がバッグの中を赤黒く染め、南海の太陽に照らされて鈍い光を放ってはいたが、剥き出しの骨や筋肉や気管をを覆い隠す事は出来なかった。また、胴体を2つに切ったせいか腸や肝臓と思われる臓器がひしめき合う誠の肉体の間に挟まれていた。