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架空戦記小説と軍事の記事を中心にしたブログです
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マンホーム軍によるアクア艦隊への襲撃は空からがもう一度行われた。三大妖精小隊の出番無く終わり、この日の戦いは終わった。

「ふう…」

藍華は目覚めた時に居た部屋、藍華と晃の部屋にある自分のベッドに寝転がる。疲れが堰を切った様に体中を満たして藍華は睡魔の力に従おうとしていた。
この世界での記憶があっても身体はまだ付いて来て無いようで、何度となく重力で叩かれた身体は休息を欲していた。

(このまま…眠って…)

姫屋にある自分のベッドと比べると寝心地が悪い簡易ベッドも心地良く睡眠へと誘う役割を果たしていた。弛緩する身体に藍華は為すがままに任せようとしていた。

「藍華ちゃん」

「藍華先輩」

眠りかけた頭に聞き慣れた声が響く。灯里とアリスだ。

「ん~どうぞ」

寝ぼけた声で扉の向こうに居る友人に答えた。

「あ、藍華ちゃん寝てた?ごめんね」

「お休みだったんですね。やはり迷惑でしたか」

寝ぼけて疲れた表情でもある藍華を2人は心配する。それを半ば頭が起きて無くても藍華は2人の心情を悟った。

「あ~良いのよ気にしないで」

と気楽な言葉で返した。

「その…藍華ちゃん。今日はちょっと調子が悪かったみたいだけど…」

灯里が少し気まずそうに言った。

「あ~今日はちょっとね」

藍華は少しとぼけた感じで言った。本当の事を言ったらかえって混乱するだろう。

「藍華ちゃん。アリスちゃん。お茶にしようよ」

灯里がバスケットの中から銀色の水筒とクッキーを取り出した。アリスがステンレス製のコップを藍華と灯里に渡す。灯里は置かれた3つのコップに水筒から紅茶を注いだ。

「じゃあ、いただきま~す」

藍華はクッキーを摘む。口の中でミルクの味と砂糖の甘さが疲れた身体に癒しを与える。

「疲れた身体には甘い物よねえ~。2人も早く食べないと全部取っちゃうわよ」

藍華は上機嫌で2個目のクッキーを口に入れ、紅茶をすすった。

「でっかい上機嫌です藍華先輩」

アリスはクッキーを嬉しそうに頬張る藍華を見て半ば呆れたような安心したと言う感情を抱いた。

「あわわ~藍華ちゃん食べるの早いよ」

灯里は手を休める事無くクッキーを摘むのを見て自分が食べる分が無くなるのを心配していた。

「灯里先輩。食堂で貰って来ましょうか?まだある筈ですから」

アリスがそう言うと藍華は次のクッキーを取る手を止めた。

「ごめん、ちょっと食べ過ぎたわ」

「いいんですよ藍華先輩。私も、もっと食べたいですから」

「後輩ちゃん、そんな事言ったら太るわよ」

藍華がそう茶化すとアリスは顔を赤くしながら食堂に行った。

「そう言えば、ここの食堂ってクッキーなんて作ってたんだ」

藍華が疑問を灯里に言った。

「藍華ちゃん。明日はとっても大切な日なんだよ」

灯里が本気で心配する声で言った。だが藍華は記憶を辿っても出てこない。

「明日で私達アクア独立義勇軍がやっとネオ・ヴェネチアに行くんだよ。それで、食堂で決戦を前にってクッキーやパイを焼いてるんだよ」

藍華は灯里の言葉から今が重要な時だと知らされた。

いくらその記憶が不完全とはいえ、藍華は恥ずかしい思いになった。

「ごめん、灯里。私明日は頑張るから。絶対頑張るから」

目尻に涙を浮かべた瞳で藍華は言った。

「うん、頑張ろう藍華ちゃん。一緒にネオ・ヴェネチアに帰ろう」

灯里は藍華の両手を取って握った。その灯里の手の温もりに藍華は落ちかけた涙を止めた。


翌朝。巡洋艦「サン・ミケーレ」では全員が戦闘配置に就きアトラもCICで時計を睨みながら待機していた。

「サン・ミケーレ」は火災を消し止め、戦闘と航行に支障が無い事から艦隊司令官にこのまま作戦に参加する事を認めさせて今この戦列に加わっていた。

「時間だな」

同じCICに居る長老こと、艦長がアトラにこう言うとアトラは命令を部下に下す。

「トマホーク発射用意!目標A5及びA6」

オペレーター達は瞬時に報告する。

「目標データー入力よし!トマホーク発射準備よし!」

「撃て!」

VLSから2発のトマホークミサイルが炎を噴き上げて発射された。それは「サン・ミケーレ」だけでは無く、アクア艦隊のトマホークを積んだ艦艇の全部が数発づつのトマホークを一斉に放つ。
ロケットブースターが作る煙と光が幾つも空に上がる様はどこか美しくもあるが、破壊力を解き放つ暴力的な光景である。
これらのトマホークはネオ・ヴェネチアを占領するマンホーム軍のレーダーや防空ミサイルに空軍基地を破壊すべくまっしぐらに進む。これがネオ・ヴェネチア奪還作戦の始まりとなった。
そして、三大妖精達も故郷とも言えるネオ・ヴェネチアを空から舞い戻ろうと空母「アクア」から発進する。

「フロリアン01から全機へ、これよりアクア評議会議長より激励の言葉がある傾注せよ」

早期警戒機の通達で空に上がった全てのアクア軍パイロットが通信に耳を澄ませる。
アクア評議会はアクアの臨時政府である。

「アクア独立義勇軍の皆様。私はアクア評議会議長天地秋乃です」

この声に藍華は驚いた。天地秋乃はアリアカンパニー創設者でありウンディーネの中でも伝説の人と賞賛される「グランマ」または「グランドマザー」と呼ばれている人物である。藍華にとっては雲の上の人であり面と向かって無くても何処か緊張を憶えた。

「今、この時。ネオ・ヴェネチアへの道が確実に我が軍によって歩んでいる事でしょう。その道のりは長く代償も大きなものでした」

このグランマの演説はパイロット達だけでは無く、ネオ・ヴェネチア奪還作戦に参加する前将兵が聞いていた。機上で艦内で。

「それらの苦しい時を乗り越えてようやくアクア独立の戦いも最後を迎えようとしています」

グランマの言う「それら苦しいとき」に皆は思いを馳せた。亡くなった戦友の顔が浮かぶ。

「そしてこの作戦が終われば我々は再びアクアを取り戻せるのです。帰りましょう私達の故郷に」

故郷に帰る。これに皆は戦いの終わりが目の前にあると実感し、新たなるアクアへの希望を沸かせた。
グランマはそれでの落ち着いた声から最後に凛とした声で演説を締め括った。

「アクア独立義勇軍の全将兵へ。奮戦せよ!我らのアクアの為に!」

演説が終わると艦内では興奮の歓声が上がり、機上でもボルテージが絶頂に達したパイロットの耳が痛い叫び声が電波に飛ぶ。
アクア独立義勇軍の士気は一気に高まり将兵の心を熱くした。

「ミラグラトーレリーダーより全機へ。作戦空域に入る。浮かれ気分を引き締めろ」

空母「アクア」と「ネオ・ヴェネチア」の合同攻撃隊隊長であるミラグラトーレリーダーこと新太の言葉で攻撃隊パイロットは緊張で身を引き締め戦闘に備える。

「フロリアン01より全機。ネオ・ヴェネチアより敵機発進中。30機…いや50機、まだ増大中」

「トマホークだけじゃ全部潰せなかったか」

早期警戒機の情報から晃は激戦を予感した。トマホークでの攻撃を生き残った敵戦闘機がかなりの数になるだろう。

「ミラグラトーレリーダーより全戦闘機へ。前進せよ、攻撃機の針路を開け」

命令を受けてF14とラファールが攻撃機部隊より先行する。

「12時方向…なんて数なの」

TIDに映るマンホーム軍戦闘機の影。それは密集するイワシの群れみたいに大軍で密集していた。

「最終決戦て事さ藍華」

「ですね。これに勝てばネオ・ヴェネチアを取り戻したも同然」

「その意気だ藍華。この戦いが終わればあのピザ屋で奢ってやる」

「やった~。楽しみにしてますよ」

戦いを前にした極度の緊張に一抹の余裕を藍華と晃は感じた。

「フロリアン01。敵編隊はに動きあり。散開中、警戒せよ」

「ミラグラトーレリーダーから全機へ。いよいよだ、全機戦闘開始!」

「こちらグリムゾンローズ。三大妖精行くぞ!」

蒼空は雄叫びのようなジェットと機体が大気を裂く轟音が幾つも重なる。レーダーの目が狙い、ミサイルの長い手が互いで飛び交い生死を賭ける。

「命中!1機撃墜!」

藍華の報告で敵機に放ったミサイルが命中した事を知った晃。最初からの好調な進みに晃は満足しつつ戦いに専念できる安心感を得ていた。

「スノーホワイト撃墜!」

「セイレーン撃墜しました!」

また、アリシアやアテナも敵に墜とされず戦い続けている声が聞こえる。
相棒も仲間も頼りになるこれなら充分に戦える。晃は自信に満ちるのを感じ取りながら敵機に向かって機体を操る。
重力が身体を痛めつけても藍華と晃は互いに機体と一心同体となって敵を追う、時には逃げる。ただ生き残り、敵を撃つ事に全力を使う。

「あれは…ネオ・ヴェネチア!」

いつの間にか空戦の最中に近づいた水平線の向こうのネオ・ヴェネチアを晃は見つけた。

(懐かしい感じがする…)

藍華はまだ少し遠くに見えるネオ・ヴェネチアに懐かしい感情を抱く。それはこの世界で過ごした「藍華」の記憶からなのだろう。

「フロリアン01より。敵戦闘機が離脱中」

「よし、追撃がてらにネオ・ヴェネチア一番乗りだ」

早期警戒機の情報から晃は自身のF14をネオ・ヴェネチアへと向け駆ける。

「晃ちゃんずる~い」

「抜け駆けなんて意地悪ね晃ちゃん」

そんな晃にアリシアとアテナが追いかける。

「無事だったのね、みんな」

横に並んだスノーホワイト・セイレーンのF14の姿を見て藍華は安堵した。

「揃ったな。じゃあ私達で一番乗りだ!」

どこか楽しげに晃やアリシア・アテナは機をネオ・ヴェネチアへ。距離が縮むにつれてはっきり見えるオレンジ色の瓦の街に4人のウンディーネは心が躍る。

「敵機が逃げてるからって気を抜くな。まだ敵の防空部隊が居るぞ」

晃が注意してそう言ったその時、グリムゾンローズのコクピットにアラームがけたたましく鳴る。敵のレーダーに照準されたのだ。

「晃さん!9時からミサイル!」

藍華の報告を聞くと反射的にスティックを右に倒す。F14が右旋回する。

「チャフだ藍華!」

「はい!」

敵のミサイルの動きを誘導するレーダーを妨害するためにチャフと呼ばれるアルミ箔を放出する。それにレーダーの導きを失ったミサイルはあさっての方向の海面に落ちた。

「ふう」

晃が一瞬の安心を得た瞬間。

「な!これは!」

「きゃあああああ!!」

機体と身体が揺さぶられる。耳には破滅的な2つの音がした。機関砲弾が命中してグリムゾンローズのF14の機体を乱打する音に危険を知らせるアラーム音だ。

「脱出だ藍華!」

「はい!」

エンジンから黒煙を吐き機体はボロボロになり力尽きようとしているF14から2人は脱出した。
コクピットから勢い良く射出された2人パラシュートが開きゆっくりと降下を始める。

(本当にネオ・ヴェネチア一番乗りになっちゃった)

風に乗ってネオ・ヴェネチアの街へと流されていく藍華はふとこう思ってしまった。

(あれか、あの対空銃座が私らを墜としたのか!)

晃は今も別のアクア軍機を狙って曳航弾を放つ建物の屋上に設置された対空機関砲の陣地を見つけた。あの機関砲を潰してやりたいと心底思っていた。
そんな2人は風に流されるがままネオ・ヴェネチアの街を見下ろした。見慣れた街を空から眺めると言う事にどこか感動すら思えたが、街の要所に居るマンホーム軍の兵士や車両がはっきり見えると藍華と晃は緊張を憶えた。
ここは敵地なのだ。いつ撃たれてしまうか分からない。

「晃さん!!」

だが、風は意地悪をするように藍華と晃を引き離した。みるみる遠くなる晃に藍華は不安になった。
1人で敵地に降りるのは心許ない。
けれども藍華は地上に近づきつつあった、街中で降りる事に不安を感じた。ネオ・ヴェネチアの名所である水路に落ちてしまうと危険だし、何かにパラシュートが引っかかるのも厄介だ。
そんな危険を予測しつつも、何とか無人の通りに降りる事が出来た。
降りると急いでパラシュートと身体を繋ぐベルトを外しにかかる。焦る気持ちで自分の動作が遅いと感じて仕方がない藍華。そこに声が聞こえる。怒鳴り声だ。

「あそこだ!敵のパイロットが降りたぞ!」

どうやらマンホーム軍の兵士が藍華を捕まえようとしているようだ。

(マズイ!早くしないと!)

ますます気持ちは焦る。指が震えで上手く動かない、苛立ちだけが募る。

「手伝います」

焦る藍華の視界に手が伸びた。その手によって藍華はパラシュートを身体から離す事が出来た。

「あ、アル君!」

「え?藍華さん!」

藍華を手伝った手の主を見るとそれはアルバード・ピット。通称アル君と呼ばれている少年である。

アルも誰か分からないまま手伝いをしていたようだ。

「早くこっちに」

「うん」

アルは自動小銃のAK47を持って周囲を警戒しながら藍華を裏路地に導く。これで藍華を捕まえようとしたマンホーム軍兵士達はパラシュートだけしか見つける事しかできなかった。

「ありがとうアル君」

「いえいえ、こちらこそ感謝ですよ。よく戻って来てくれました」

裏路地を進みながら藍華はアルと会話する。

「アル君も独立義勇軍に入っていたっけ?」

「いえ、ボクは地重管理人(ノーム)の仕事をしながらレジスタンスをやっていたんですよ。マンホーム軍の動きとかを調べたりとか」

「そうなんだ。アル君も大変だったのね」

「藍華さんの方が大変でしょ?なんたってパイロットなんですから」

2人が会話する間。遠くで爆発音が聞こえるようになった。次第に空に響く激しい銃声をも聞こえ出した。
空に目を転じればアクア軍の標識を付けたAH-1Wスーパーコブラが頭上を飛んで行くのが見える。

「どうやら上陸作戦が始まったようですね」

アルはこう予測した。確かにそうであった。ネオ・ヴェネチア奪還作戦の最終段階である地上軍の上陸作戦が始まっていた。

「流れ弾が危ないから何処かに隠れた方が良いですね」

アルがそう言って隠れる場所を探す。

「ねえアル君。姫屋はどうなってるの?」

唐突に藍華は尋ねる。

「藍華さんと晃さんが独立義勇軍に行ってからは休業状態になってましたが、残った姫屋の方はネオ・ベネチアがアクアに戻る日の再開に備えて待っていますよ」

「そうなんだ…」

藍華は姫屋に居る人々の顔が浮かんだ。彼ら彼女らの期待に早く応えてやりたいと個人的にも姫屋の跡取りとしても思っていた。

「アル君。姫屋に今行けるかな」

「行ってみないと分からないけど、なんとか行ける筈です」

藍華の提案で2人はマンホーム軍に隠れながら姫屋に向かう。時が流れるにつれてマンホーム軍の様子は慌ただしくなっていた。またアルと藍華を追うように銃声や砲声などの戦場騒音が近づいていた。
どうやらアクア軍優勢のようである。これで流れ弾に当たらなければ今にも友軍と合流できそうだと2人は考えていたが、藍華はすぐに姫屋に行きたかった。
果たして無事だろうか?自分の居た懐かしい場所はどうなっているのか?
この世界の藍華の感情からか強くそう求めていた。

「あ…姫屋が…」

姫屋の前に来ると藍華は泣きそうになった。姫屋の一部が砲弾か爆弾かで破壊されていたからだ。
アルは泣きそうな藍華をどうすれば良いか戸惑いながらも右手を藍華の肩に置いて落ち着かせた。

「ありがとうアル君。こんな事になってるけど姫屋に行きたい」

「分かりました。どうやら敵はここに居ないけど、用心の為にボクが先に行きますね」

アルが先に姫屋の玄関まで行き、敵が居ないか確認して敵が居ないと分かると手招きして藍華を呼んだ。

「静かね。誰も居ないのかな」

「もしかすると皆さんどこかに避難したのかな」

玄関に入ると電気も点いてない静かで暗く人の気配が無かった。

「私。自分の部屋に行くね」

藍華がそう言うとアルは心配そうに「武器はありますか?」と聞くと、藍華は脱出時の護身用に持っているP220拳銃を見せた。

「けど、さすがに1人はマズイですよ」

アルはこう説き伏せて2人で藍華の部屋に行く。ただ銃声と砲声や爆発音が響く中を歩く。そして辿り着いた自室に藍華は目を丸くした。
部屋の天井は半分吹き飛んでいた。その天井だった物は瓦礫となって部屋に散らばっている。

「はははは。まるでオープンカフェね」

「藍華さん…」

笑う藍華は実は泣きたい思いを我慢しているのが分かった。

「こんな事にはなってしまいましたが、すぐに直りますよ。いや、ボクが直します!」

アルは懸命に藍華から涙が溢れないようにしようと励ます。

「そんなに心配しないのアルくん。こんな風になって驚いただけなんだから」

必死なアルに藍華は気落ちした心からアルが可愛く思えてほそく笑む。

「ここなら敵も見えないよね。少し横になろうかな」

「ええ、ここなら他に高い建物も無いですからね。少し休んで下さい。ボクが外を見張ってますから」

「ありがと」

アルが藍華の部屋から出て行くと藍華はベッドに背中から飛び込んだ。

身体がベッドのシーツにぶつかると、反動で埃と天井が吹き飛ばされた時に散った欠片が飛んで

藍華は少し咳き込む。

「ふう~」

仰向けに寝る藍華は自分の部屋から見る青空をぼんやりと眺める。それまでの緊張を忘れたかのように雲がゆっくりと流れる空を。
どこかから聞こえる銃声や爆発音が僅かにここが戦場だと自覚はさせる。

(そういえば、私はここで寝ていたのに空母『アクア』に居たんだよね)

自然と蘇る記憶。

藍華はこの部屋で寝ていた筈が何故か空母「アクア」に居て、戦闘機に乗り今に至る。それら一連の出来事を思い出す。

(全てはここからって訳か)

感慨深いと思いながらもどこか眠気が覆う。

(少し疲れちゃったな…)

ぼやける視界に身体の疲れが眠りを誘い、藍華はそれに身を任せつつあった。

(灯里に後輩ちゃん…晃さんにアリシアさん、アテナさん。みんな大丈夫かな…)

意識がはっきりしないながらも親しい友人と先輩の顔がよぎり安否が気になる。
まだ戦っているだろう灯里達に、共に愛機から脱出して敵のまっただ中に居る晃。果たして誰もが今無事なのだろうか。
だが、確認する術がない。
そして身体は藍華の意思を離れたかのように遠くなるように全く動かなくなった。
藍華はそれを眠気だと思って泥のような眠りに身を沈めた。


「い!………か!あ…か!」

藍華の意識に響く声が途切れ途切れに入る。
眠りの泥沼に浸かる藍華にはそれを理解出来きずにいた。

「おき…・か!……いか!」

頭が醒めていくに従って声がはっきりと聞き取れるようになる。

(どこかで聞いた声…)

「起きろ!藍華!起きないと叩くぞ!」

(え!!)

はっきり聞き取れた途端に全てが理解できた。そして瞼が開いた。

「やっと起きたか、まったくここまでして起きないとはいつまで夜更かししてたんだ?」

目が覚めた藍華に晃は呆れ顔で言った。

「今日は灯里とアリスで合同訓練なんだろ?2人が外で待っているぞ」

「あ~そうだった!」

藍華は慌ててベットから降りてパジャマからウンディーネの制服に着替える。

(そういえば、元の世界に戻った?)

服を着替えながら藍華はようやく自分が元の世界に戻った事を実感した。晃に無傷の部屋がそれを証明していた。

「寝坊はするわ、慌てて着こなしもなってないじゃないか」

晃が乱れる藍華の格好を直す。いつもならこんな晃を少し煙たがる藍華であったが、今は心底嬉しかった。
あのもう一つのアクアの世界で感じた不安を今は解消できていたからだ。

「遅いよ藍華ちゃん」

「でっかい寝坊ですよ藍華先輩」

姫屋の前で待つ灯里とアリス。その2人に藍華は「いや~ごめんごめん」と明るく返した。

「どうしたの藍華ちゃん?何か良いことあったの?」

灯里は藍華の様子が少し違う事を感じ取ったようだ。

「ん~何でもないよ~」

思いっきり笑って灯里に言った。2人が首をかしげたが藍華は心が浮き上がるように嬉しかった。何事も無く平和な世界。そんな世界で出会える親しい人々が側に居るその何気ない事に藍華の心は透き通るように爽快になっていた。

(もう一人の私はどうしているのかな?戦争も終わりそうだしプリマになるのをまた目指すんだろうな)

さっきまで戦場と化していた姿であったネオ・ヴェネチアを眺めながらあの世界に思いを馳せる。
あれは結局なんだったのだろうか?
神の悪戯か悪魔の仕打ちか、そんな事を考えた所で結論は出なかった。
だが、藍華はあの世界に居るもう一人の自分や灯里に晃などの人々がどうなっただろうかと思わずにはいられなかった。
だが、心底心配すると言うものでは無かった。

(私も頑張るわよ、もう一人の私!)

ただ前向きに。あの世界を生き残った事に恥じない心で藍華は満たされていた。


(完)

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そこは地獄であった。

悲鳴に怒号が直面する恐怖を音で表現するには十分だった。
それに目に映る光景。海岸に集う兵士達が敵からの攻撃、熱線を受けて悲痛な叫び声を上げながら炭になる様が何人も一度の形で見られた。

地獄なのだ。

いや、煉獄と言うべきなのだ。

突如空の彼方から襲来した異星人達。それに支配されたヨーロッパを取り戻すべく兵士達はこの海岸、フランスのノルマンディー地方にある海岸に踏み込んだのだ。

「挫けるな!俺達は祖国に帰って来たんだぞ!」

ポール・ガーレット大尉は周りの兵士に向かって叫ぶ。
自由フランス軍に属する彼にとっては悲願の祖国への帰還である。ここで退いてしまっては2度とこのフランスの血を見ること無く生涯を終えてしまうかもしれない。
その思いは今だ未知である敵に戦意が挫けそうな自由フランス軍兵士達も同じだ。ここから先に行かねば自分達の故郷には帰れないのだ。

「そこの兵隊!あいつを狙え!」

ガーレットは近くで砂浜に伏せている兵士を起こして目標を指差す。

「分かったか、ヤンキー」

その兵士はアメリカ兵だった。どうやら混乱して自由フランス軍担当のこの海岸に来てしまったようだ。そのアメリカ兵はガーレットのフランス語が理解できていなかったが、敵に指差していたから何をすれば良いかすぐに分かった。
アメリカ兵は持っているM9対戦車ロケット発射器。通称バズーカでガーレットの指した敵。4本足のタコみたいなロボットに向けて撃った。
発射された成形炸薬弾頭(HEAT)は敵ロボットの右側前部の足にある関節に命中した。すると敵ロボットはガクリと肩を落とすようにバランスを崩した。

「伏せろ!」

ガーレットはアメリカ兵の背中を押して砂浜に伏せた。敵ロボットが自分を撃ったアメリカ兵を捜しているのだ。見つかれば瞬時に人体が炭になる熱線が放たれるだろう。
だが、その敵ロボットの命運はすぐに尽きた。別の方向からの攻撃だろう。敵ロボットの左側後部の足が爆発して切断された。敵ロボットは残る2本の長く細い足が機体の重量に耐えられないせいか地震で崩れた塔の様に壊れた。
止めを刺したのはこれも混乱して迷い込んだのかイギリス軍のチャーチル戦車であった。

「おおお!!」

やっと仕留めた敵に兵士達から歓声が沸く。恐怖に縮む心に意欲を取り戻し士気が高くなる。
そんな連合国軍兵士を嘲笑うかのように新たな敵ロボットが10体以上の近づく姿が重い足音と共に迫る。それに誰もが息を呑んで覚悟を決めた。

「よし!やるぞ!」

「うおおおおお!!」

ガーレットがそう号令をかけると兵士達は皆武器を手に向かおうとした矢先。
敵ロボットは何か大きな力に正面から叩かれたように爆煙に包まれながら倒れた。

「海軍か。助かる」

ガーレットは自分達の背後にある海。ドーバー海峡を見るとそこに居るフランスの「リリューシュ」や「ダンケルク」にドイツの「ビスマルク」・「シャルンホルスト」、イギリスの「キングジョージⅤ世」に「フッド」、アメリカの「ニュージャージー」や「テキサス」、更には遠く日本から「大和」や「長門」と言った各国海軍の艦艇がヨーロッパ解放の尖兵である彼らを全力で援護していた。
ノルマンディー沖の大気と海面を震わせるその砲撃の連奏は並では無かった。戦艦だけでも33センチから46センチの各種砲が異星からの不気味な戦闘機械を叩き壊す。

「空からも来たぞ!」

その声に釣られてガーレットが空を見上げるとイギリスから飛び立った1000機以上のDC3輸送機がノルマンディーの奥へと向かっている。中にはグライダーを引く機もあり空挺部隊を運んでいるのだ。

「見ろ!空挺部隊の連中が来たぞ!負けてはおれんだろ!」

ガーレットが兵士達に言うと、戦意が最高潮に達した彼らは「はい!大尉、俺達も早く前進したいです!」と答えた。

「よし行こう!パリのまでな!」

「おおおおお!」

撃破された敵ロボットの横を自由フランス軍やアメリカ軍にイギリス軍・自由ドイツ軍の兵士達が駆け抜ける。先のバズーカを持ったアメリカ兵もフランス兵に混じって行く。あのチャーチル戦車もだ。それはつい最近までのイデオロギーでいがみ合った時では信じられない各国の混成ぶりである。
けれども、そんなしがらみを取り払わなければあの未知で強大な敵は倒せない。それを早く悟り(それまでに多くの代償が払われたが)連合国軍として団結してこのヨーロッパ、いや地球上から侵略者を追い払わんとしているのだ。

時に1944年6月6日。フランスはノルマンディーで始まった人類の総反攻である。

 「来たか・・・とうとう」

ここは神奈川県の日吉。慶應義塾大学の校舎の屋上で1人の海軍大佐が空を見上げていた。
その空には光を反射させながら高空を行く編隊がある。米軍のB29の編隊である。
その海軍大佐の居る周囲ではけたたましい空襲警報が響いていたが、彼は気にせず双眼鏡でB29を観察していた。
だが、その顔は憎い相手を見るような苦々しい表情であった。

「やはり、マリアナをどうにかせんと…」

彼の名前は神重徳。連合艦隊首席参謀である。

時に昭和19年11月24日。マリアナ諸島を発進したB29が初めて日本本土爆撃を開始した日であった。


1944年(昭和19年)8月。マリアナ諸島のサイパン・グアム・テニアンの三島が米軍に占領された。
米軍はこれらの島をB29爆撃機の基地として整備した。
11月24日。東京の中島飛行機武蔵野工場爆撃を手始めにマリアナからのB29による日本本土爆撃が開始される。一方の日本軍はB29が飛行する高度1万メートルまで昇るのが精一杯の戦闘機ばかりで有効な迎撃は出来ず、体当たりまでしたが大損害を与えるに至ってはいない。


昭和19年11月26日 神奈川県日吉 連合艦隊司令部

「こんままではB29によって本土は焦土と化し、我が国の戦争継続能力は一気に潰されてしまう。今の内に大規模なマリアナ攻撃を行い米軍の爆撃を遅らせるんが最善なのだ」

ここは日吉の慶應義塾大学の敷地の地下にある連合艦隊司令部壕。神は会議の席上で鹿児島弁を交えてマリアナ攻撃の必要性を説いていた。

「だが、神くん。残された戦力を考えると本土の守りを固めるべきはないかね」

連合艦隊参謀長の草鹿龍之介が慎重な反論を言った。

残された戦力―昭和19年の二大海戦マリアナとレイテでの戦いで日本海軍は戦艦や空母をはじめ多くの艦艇に航空機を失った。
残るは戦艦「大和」を始め4隻の戦艦。空母は新型の「雲龍」級など5隻こそあれど燃料不足に航空隊のパイロットも数は揃えど未熟な者が多く強大な米機動部隊と正面から挑むには心細くあった。次の海戦を挑むのは大日本帝国海軍の最期を決心する時だろう。

「参謀長。このまま座して陛下の赤子である国民が死んでいくのを見ておけと言うのですか?」

「いや、そうでは無い。だが我が海軍もこの状況では出来る作戦が少ないのだと言いたいのだ」

2人の意見は平行線を辿る。
2人の上官である連合艦隊司令長官の豊田副武は2人の議論をただ見守っているばかりであった。妥協も結論も出そうにない窮した空気を1人の少尉が報告に来た事で変わった。

「報告します。たった今、B29が1機宮城に墜落して宮城の一部が炎上中です!」

この報告に誰もが冷や水を頭から被ったようなショックを受けた。
このB29はF13と呼ばれるB29の偵察機型の機体で、エンジントラブルで高度が下がった上に出撃した陸軍の二式複座戦闘機「屠竜」の攻撃で関東上空からの離脱は叶わず宮城に墜落してしまったのだ。
宮城は日本人が敬う天皇家が住む聖域。そこを爆撃では無いもののB29の侵入を許し炎上させて皇族を危険な目に遭わせてしまった。それは「天皇の軍隊」を自称する彼らにとってかなりの衝撃を与えた。

「やはり、マリアナは叩くべきかと…」

神は皆が一様に静まりかえる中で豊田に言った。

「そうだな、やらねばならんな」

豊田は苦虫を噛むような表情のまま了承する旨を答えた。

(これでようやく今までの苦悩が報われる)

神は願ってもない好機で自身の案が通った事とそれまで何度となく唱えたマリアナ攻撃が実現できる事に身が引き締まる思いがした。
神はサイパン島陥落後に自ら戦艦「山城」の艦長となってサイパン島に殴り込みをかけると軍令部に提案したが却下されたいきさつがあった。だが、今や連合艦隊の作戦としてサイパンを初めとするマリアナ攻撃作戦が動き出そうとしていた。


昭和20年1月9日 広島県呉 夕方


呉の街にとってこの年の正月は忙しいものであった。特別休暇で郷里に帰る将兵で呉の駅は大晦日まで混雑し、呉鎮守府からの注文で宴会がいつでも開けるようにと料亭や旅館は準備に追われ、それらの料亭・旅館や海軍の発注で食料を扱う問屋は「まだ師走だよ」と嬉しい愚痴をこぼしてた。
正月になると郷里から夫や息子に会いに老夫婦や妻や子供達が呉を訪れた。料亭や旅館では「今日は無礼講だ」とする宴が連日違う将校達で行われた。
これらを見た呉の商人達は「どうやら連合艦隊が近々大きな作戦でもするのだろう」と予測した。
それは悟りの境地を顔に見せる将兵達を見れば尚更だ。
これら最期の別れによって正月を過ごした海軍将兵は呉のみならず横須賀でも同じであった。

そしてこの日。呉から艦隊が出撃しようとしてた。
戦艦「大和」に「榛名」。空母「雲龍」・「天城」・「葛城」重巡洋艦「利根」・「青葉」軽巡洋艦「矢矧」に駆逐艦15隻からなる第二艦隊の主力である。
徳山燃料廠の重油を帳簿外の量まで根こそぎ腹に満たしたこれらの艦は呉の岸壁から見送る将兵の声援を受けながら瀬戸内海を西へ針路を取る、豊後水道へと。

「燃料全部食わせて貰ったんだ何としてでもマリアナに行かければならん」

「大和」艦長有賀幸作大佐は艦橋で自身に科せられた重責をこう表した。

「そうだな。最後の一艦になってでも行かねば燃料廠の連中に顔見せできんからな」

有賀の肩の力を抜かせるように第二艦隊参謀長の森下信衛少将が冗談めいた風に言った。

「余裕だな。これが連合艦隊最後の作戦と言うのに」

「なあに、この大和の艦長をやると気持ちがでかくなるのさ」

「おいおい、俺への嫌味かよ」

有賀は森下の口の悪さにようやく笑みを浮かべた。これは海軍兵学校同期だからこその仲である。

ちなみに森下は前代の大和艦長である。

この2人のやり取りを聞きながら第二艦隊司令官伊藤整一中将は艦橋から望む光景を眺めていた。この20隻以上もの艦艇を率いて連合艦隊最後の作戦「天一号作戦」を指揮する事に感慨深い思いであった。

(これで責任を果たせるか…)

軍令部次長であった頃、悪化する戦況に何も出来ずにいて歯痒い思いをした伊藤。そしてとうとう彼が思うこれまで海軍上層部の一員であった事への責任が果たせると。

様々な思いを乗せて艦隊は一路太平洋へと向かう。


昭和20年1月9日 夜 フィリピンルソン島沖 戦艦「ニュージャージー」


米第三艦隊司令官ウィリアム・ハルゼー大将は部下の報告に色めき立った。

「出たかジャップ!」

その報告は豊後水道で潜航していた潜水艦からの情報であった。

「ワレ敵艦隊発見 戦艦ト空母ヲ確認ス」

詳細が不明であったが、猛牛ハルゼーを焚き付けるには充分な材料であった。

「よし、ただちにその敵艦隊を攻撃せねばな」

ハルゼーは意気高くそう言った時に副官が上官を抑えにかかる。

「今はルソン島上陸作戦の支援中です。ここを動く訳には…」

「むう…そうだな」

この時、第三艦隊はフィリピンルソン島への上陸作戦の支援を行っていた。ちょうどこの日第7艦隊の艦砲射撃の援護を受けながら上陸作戦が行われたばかりで別の海域に第3艦隊を動かす訳にはいかない時期であった。

「ニミッツに連絡だ。せめて1群ぐらい割いて敵艦隊を攻撃したい」

ハルゼーは太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツ元帥に連絡をした。

「敵艦隊発見せり。我が艦隊の一部を敵艦隊追跡に使いたい」

とハルゼーはニミッツに進言した。

この回答は2時間後に来た。

「1任務群のみで追跡せよ。主力は引き続き第7艦隊と共同して現在の作戦を遂行せよ」

ハルゼーの願いは叶った。

このニミッツの許可からハルゼーは第58任務部隊から第4任務群を第二艦隊追跡に向かわせた。


昭和20年1月10日 未明 サイパン島沖


夜の闇に暗く映える海面が唐突に割れた。
鋼鉄の塊が白波を幾重も作りその姿を現す。その鋼鉄の正体は伊三六一潜水艦。潜輸と呼ばれる輸送任務に特化した潜水艦である。

「準備急げ!」

艦長の号令で乗員は甲板に出て作業を始める。伊三六一には大発こと大発動艇と呼ばれる上陸用舟艇が2隻甲板に積まれていた。
伊三六一の乗員はその内1隻の大発を格納庫から引き出し海面に浮かべる。
その大発に完全武装の兵達が乗り込む。彼らは海軍の特殊部隊呉鎮守府第一〇一特別陸戦隊、秘匿通称S特である。
その秘匿名称のSはsubmarine(潜水艦)の頭文字から取ったもので、潜水艦による敵地への侵入が任務であると言う意味がある。そして今、その実力を発揮すべく伊三六一から大発に乗り替えてサイパン島へと向かおうとしていた。

「ここまで運んで貰いありがとうございます」

「こちらも君達みたいな精鋭を運べて光栄だ。武運を祈る」

竹原治郎少尉は伊三六一艦長と感謝の言葉を互いに言い終えると部下が待つ大発に乗り込む。

「よし、出せ」

竹原の合図で大発は出発し、伊三六一から離れる。伊三六一では、甲板と艦橋に立つ艦長以下の将兵が敬礼して見送った。

「あれは援護の爆撃だな」

サイパンを目指す一同の目に爆発による炎が幾つか瞬くのを見た。このサイパン侵入作戦の陽動として行われる第七五二航空隊の一式陸上攻撃機による夜間爆撃だ。この陽動の為に七五二空は硫黄島まで進出し、そこからこの爆撃を行っていた。

「あ…」

小隊の誰かが思わず呟く。陸攻だろうか、夜空を炎の流れ星が落ちていく。

誰もがあれが陸攻であれば伊三六一と同じく自分達は彼らに報いる戦いをせねばと新たに心に刻んだ。

この時、テニアン・グアムにも潜輸によってS特の小隊が運ばれた。S特は天一号作戦の尖兵としてマリアナへ上陸したが、その活躍はまだ少し待たねばならない。

 

晃は藍華が復活した事で次の行動を考えた。

自分の機体はまだ戦える。けれどもアリシアとアテナの機体はミサイルを消費している。暁達「ネオ・ヴェネチア」の飛行隊と「アクア」の他の戦闘機小隊だけで充分な今こそ両機の補給をさせるべきだと晃は考えた。

「こちらグリムゾン・ローズ。『アクア』へ、スノーホワイトとセイレーンを補給の為着艦させたい」

晃が「アクア」に連絡する。

「了解した。グリムゾン・ローズの補給は行わなくて良いのか?」

「こちらはまだ大丈夫だ。あと1時間上空を警戒する」

この通信が終わると晃はアリシアとアテナに「アクア」へ着艦するように指示した。


同じ頃。巡洋艦「サン・ミケーレ」

「艦長!3時方向から新たな敵編隊。その数およそ20!」

CICに緊張が走る。オペレーターの報告に反応して艦長が「対空戦闘用意。ただし消火作業は続行せよ」を命じる。

「サン・ミケーレ」は今だミサイル直撃による火災を消し止めていない。

「この状態で戦闘は最悪ですね」

アトラが心配そうに言った。

「出来れば戦闘機に任せたいが…無理か…」

艦長はCICのスクリーンを見た。そには新たな敵機の反対方向で今だ繰り広げられている空戦を示していた。

「艦隊上空には1個小隊しか居ないですね」

アトラはスクリーンの中で空戦に加わっていない戦闘機小隊を見つけた。三大妖精小隊である。

「20機に10機も無い戦力では無謀だ。期待はできまい」

室内は重苦しくなる。敵の波状攻撃に艦隊は窮地に立ったのだ。


「また敵機だと!」

晃は早期警戒機からの情報で3時方向から迫る敵機を知った。

「こちら『アクア』。三大妖精の状況を報告せよ」

「アクア」から性急な問い質しが来た。アリシアとアテナを着艦させようとしていたが、新たな敵を前に使える戦力が欲しい為に無理をさせようとしているのだ。

「『アクア』へ。スノーホワイト・セイレーンは補給が必要だ」

晃が強い口調で言うと

「今は1発のミサイルでも残ってるなら敵に向かうんだ!ここまで来て大きな損害は出せない」

と、こちらも強い口調で反論される。

「確かに。ここまで来ましたからね…」

晃は歯ぎしりしながら無理矢理納得した。

「晃ちゃん。私は大丈夫よ」

「私もよ。何とかなるわ」

アリシアとアテナが晃に心配させじと健気に言った。

「……では行こうか。三大妖精!」

晃は決心した声で叫ぶと機を新たな敵の方向に向けた。その後をアリシアとアテナが続く。

「こちら『アクア』。三大妖精へ。FA18のフォーリア(葉)小隊を送った」

「クリムゾン・ローズ了解」

FA18ホーネット戦闘攻撃機の小隊が援軍として加わる事になった。空対空戦闘にはやや劣るホーネットではあるが、援軍が無いよりかはマシだ。

「晃さん!12時方向から敵機12機がこちらに接近中!また別の8機が10方向から艦隊に向かってます」

藍華はTIDディスプレイに映る敵の動きを見て藍華が知らせる。

「敵は二手に分かれたか。こっちに向かってるのが戦闘機で10時のは攻撃機か」

こう言いながら晃はTIDの画面と同じものが脳内に映り作戦を練る。

敵は二手に分かれた。まだこちらは3機で、しかも弾薬が不十分だ。このままでは敵戦闘機との空中戦は必至。敵の攻撃機は防げない。

「こちらグリムゾン・ローズ。フォーリア小隊」

「こちらフォーリアリーダー。もう少し待ってくれあと1分でそちらに向かう」

「いや、10時方向の敵編隊に向かってくれ」

この晃の指示にフォーリアリーダーは愕然とした。

「しかし、12機の敵機に3機で挑むなど…」

「艦隊に大きな損害が出れば作戦は中止になってしまう。それに私達は死ぬつもりはない」

「了解した。幸運を祈る」

交信が終わると2つの小隊はそれぞれの目標へと向かう。

藍華は全身を締め付けるような思いだ。ようやく取り戻した戦闘機パイロットとしての感覚。その勘がこれからの激戦を想像させ緊張を生む。

「藍華頼むぞ。私やアリシア・アテナの為にも」

晃が再確認するように藍華に言った。

「はい、晃さん。これからがグリムゾン・ローズの本領発揮ですからね。任せて下さい!」

元気に応える藍華に晃は「よ~し晃様の恐ろしさを敵に見せてやろう」と笑う。

「え?敵がまた二手に分かれた」

TIDに映る画面を見て藍華は理解できないという口調で晃に報告する。

「どういう事だ?何機で分かれた」

「12時に4機。9時方向へ8機」

晃は少し考える間を開けて命令を下す。

「アリシア!アテナ!9時の敵に向かえ」

それを聞いた2機からは「了解」とだけ返事が返る。もう、寡兵で戦う事の躊躇は無い。ただ自分と友を信じるのみ。

「藍華。分かれた敵をどう思う?」

晃がそう質問を藍華にする。

「多分敵はフォーリア小隊の攻撃に向かって分かれたのでは?」

「だろうな。まあ、敵が戦闘機ばかりであれば」

そこへ通信が入る。フォーリア小隊からだ。

「こちらフォーリアリーダ。グリムゾンローズ。こちらはMig29だらけだ攻撃機はいないぞ。どうやら貧乏くじを引いてしまったらしい」

フォーリア小隊の隊長は冗談を交えて晃に伝える。

「了解した。そちらに幸運を」

「俺もまだ死ぬつもりは無い。可愛いウンディーネ達の姿をまた見るまではな」

フォーリアリーダーの冗談で通信が終わると晃と藍華は自分達の事を思い出した。戦いが終わった後も自分達の存在意義がある事を。

「晃さん。敵がMig29だとしたらあと1分でR27ミサイルの射程に入ります」

R27は空対空ミサイルで、射程はタイプによるが70kmから110kmまである。今は敵小隊より130kmの所である。

「ようし、目眩ましをしてやろう。フェニックスを全部発射だ」

フェニックスはF14が持つ最大の武器だ。射程150kmと言う空対空ミサイルの中では最も遠い敵を撃てるこのミサイルは敵爆撃機という大型の目標を狙う為に作られたミサイルである。

「フェニックス全弾発射!」

藍華の操作で搭載されていたフェニックスの全弾。敵との距離100kmで2発が敵機に向けて撃たれる。照準を合わせているとはいえ、晃の狙いは敵の目眩ましだ。ミサイルに狙われて回避行動を取る敵機を各個撃破する。それが晃の狙いである。

「敵機全機が回避行動を取りました」

「一番近いのは?」

晃のオーダーに応えるべく四散した敵編隊から我と一番近いのを選ぶ。

「1時方向距離80km」

「よし、行くぞ」

狙いを定めたグリムゾン・ローズのF14。F110エンジンをアフターバーナーで震わせつつ一匹目の得物を狩りに行く。

「こいつもMig29か。敵攻撃機は居ないのか?」

機影から機種を判断した晃。ここにも戦闘機しかいない。

「藍華!スパローだ!」

「了解!」

まず1機のMig29が撃墜された。

「敵機が1機後ろに回り込もうとしてます!」

「構うな。9時の奴をやる」

機体を左へ急旋回させて9時方向の敵へ向かう。その機動で背後に回ろうとした敵をも回避する。

「藍華!ボサっとすな敵の動きを報告し続けろ」

「あ、はい。今3時と5時の方向にあります」

マッハの世界で展開される戦い。それを生き抜くのは敵と自分の位置を把握する事だ。まして1機だけの状況では尚更。見落としは命取りだ。

「スパロー発射!」

逃げるMig29の背後へ滑るように回ると即座にスパローミサイルを放つ。

まさに見敵必殺の戦いである。目に付いた敵を次々と撃ち落とす。これがグリムゾンローズの戦いなのだ。

また1機のMig29を撃墜したが、相手はまだ2機。不利な状況に変わりはない。

「敵機2機が離れてます。11時と5時に」

「誘ってるぞこれは。どっちに食い付いても挟み撃ちにする気だ」

フェニックスの目眩ましと続くグリムゾン・ローズの強襲で混乱した敵も立ち直っていた。お互いで敵を誘い、どちらかに向かえば僚機がグリムゾン・ローズの背後を取るつもりなのだ。

「さて・・・どうするか」

晃は行き詰まりになろうとしている状況に頭を悩ませる。

攻めも退くも不利。さてどうするか。空戦ではすぐに決断をせねばならない。

晃は決心すると機体を旋回させた。それはどちらの敵機ににも向かわない方向へ。

逃げる形になったとはいえ藍華はそれに不服は無かった。どう見ても不利だ。ならば逃げに出るのも納得できていた。

「敵機2機追ってきます」

TIDに映る2機のMig29は仲間の仇を討たんとするように追撃を始めた。

(逃げ切れるか…)

藍華は不安を感じた。最高速度でF14はマッハ2.34、Mig29はマッハ2.3である。

僅かにF14が早いとはいえ、こちらがフェニックスを撃ったと同じように目眩ましでMig29が空対空ミサイルを撃てば僅かな足の速さは回避行動で効果を失う。

そして追い着いた2機のMig29に袋叩きにされるのだ。

「ミサイル!6時と8時の方向から来ます!」

藍華は叫んだ。

晃は急降下を行いMig29かミサイル自体から晃の機体を求めるレーダーを回避する動きに出た。レーダーの狙いから逸れればミサイルを避けられる。

「また来た!同じ方向からです!」

降下する晃にR27ミサイルが迫る。今度はフレアを放出して右に旋回してかわす。

(追い着かれてる…)

晃はMig29との距離が縮まっていると実感した。2度の回避行動が敵機から逃れにくい距離にまで追い着かれてしまったのだ。

「まだ、諦めはしない!」

晃はアフターバーナー全開で速度を高め、距離を開こうとする。

身体に叩き付けられる重力。その痛みも敵から逃げられる生への活路が開ける実感に思える藍華と晃。

果たして敵から逃れられるのか。少なくともミサイルの狙いから外れる距離に行きたい。

2人はそれを願った。

「晃さん。敵機が方向を変えました!3時方向」

藍華の報告で胸を撫で下ろす晃。マスクの中で大きく息を吐いた。

「諦めたのかな」

藍華の疑問はすぐに判明した。

「こちらスノーホワイト。敵機を全機撃墜。損害無し」

アリシアからの通信にまた晃は安堵を得る。


我は2機で、敵は8機で戦ったアリシア達。彼女たちの目の前に現れたのは鋼鉄の鳥類と思わせるスタイルをした機体で「白鳥」の別名を持つTu160ブラックジャック爆撃機だ。

「これなら私達だけでも大丈夫ね」

アリシアは目の前でアリシアとアテナから逃げようと散開するブラックジャックを見て言った。

「けど、早く攻撃しないと。多分対艦ミサイルを積んでるはずだわ」

アテナの言葉で攻撃は始まった。

ブラックジャックは最高速度マッハ2と言う爆撃機としてはずば抜けて早い機体ではあるがF14はマッハ2.34。空中戦が出来ない爆撃機には状況を変えられないものとなっている。

まさに狼と羊の戦いである。散開した爆撃機のパイロット達はこちらにF14が来ない事を祈るだけであった。

「容赦はしないわよ。アリスちゃん、サイドワインダーを」

「はい」

アテナ機はまず残る1発のサイドワインダーミサイルを使って1機を撃墜した。

「艦隊に近づいてるのは?」

「2時方向です」

アリスが手短に報告した方向にアテナは機体を向ける。残るミサイルはフェニックスミサイル2発のみ。

「フェニックス使いますか?」

アリスが尋ねた。

「機関砲を使うわ」

「ですけど、早く撃墜しないと敵はミサイルを艦隊に発射しますよ」

「なんか、使っちゃいけない気がするのフェニックス」

「そうですか…」

アリスはアテナの決断を納得できないまま了解した。

そうしている内にアテナ機はブラックジャックの背後を取る。20ミリ機関砲で「白鳥」の別名を持つ独特のスタイルをズタズタに穴を穿つ。

その穴は主翼にの下部にあるターボファンエンジンにまで届き、火焔を噴く。その炎は白鳥の命を蝕み空から徐々に下ろしていく。

アテナはこの調子で機関砲によりもう2機を撃墜した。機内に対艦ミサイルを抱えた爆撃機では回避の機動もままならず狩られた。

アリシア機も1発づつ残るスパローとサイドワインダーで2機を撃墜。フェニックスでもう1機を撃墜した。

だが、7機の犠牲によって生まれた間隙で1機のブラックジャックが艦隊へと出せる最大速度で向かう。

「灯里ちゃん、フェニックスを!」

「はい!」

アリシア機から最後のフェニックスミサイルが放たれる。それはブラックジャックに命中した。

「これは…あの敵機から対艦ミサイルが発射されました!」

アリスはTIDの表示からブラックジャックから一矢報いるとばかりに発射されたKh-59空対艦ミサイルを確認した。

「艦隊には行かせない!」

アテナはKh-59を追う。

「敵のミサイルをどうするんですか!?」

「まだフェニックスが残ってる。それで」

「え?まさかはこれを知っててフェニックスを?」

アリスはまさかアテナが予知能力があったのかと思えた。

「いいえ、なんとなく使っちゃいけないと思っただけ」

アテナは大した事ではない様に言ったが、アリスにはアテナが何処か人間離れしたものがあるに違いないと確信した。

「アリスちゃん。照準お願い」

「あ、はい」

アテナの特殊能力への考察を辞めてアリスは艦隊へ直進するKh-59に電波ビームを当ててフェニックスが向かうように操作する。

この間。アテナ機は燃料切れ覚悟のアフターバナー噴射による最高速度でKh-59に迫る。

「発射準備良しです!」

「2発とも発射!」

「発射!」

放たれた2発のフェニックスはアテナ機から発信される電波ビームがKh-59に当た反射波を拾い正確な目標の位置を掴んで進む。

(当たれ当たれ当たれ当たれ)

アリスはTIDでフェニックスがKh-59に近づく様子を見ながら心の中で懸命に祈る。

(フェニックスは100kmも飛べるし、誘導のビームも出し続けてる。当たるはず)

今度はフェニックスが命中する事を論理的に考えて自分を納得させた。そうしなければアリスは何処か落ち着かなかった。

そのアリスに応える様にフェニックスは命中した。1発が命中してKh-59を爆砕した。もう1発はその爆発に至近で巻き込まれ、これも爆発した。

「やった…」

3発のミサイルで生まれた派手な爆発でアリスは成功したのだと分かった。


「フロリアン01より各機へ。敵機は離脱しつつあり」

「こちら空母『アクア』着艦用意よし」

早期警戒機と空母「アクア」からの通信で空戦が終わった事が告げられた。

「終わった…」

藍華にとっては長く感じたこの空戦。その終了に肩の力が抜ける。

「こちらフォーリアリーダー。三大妖精へ、無事か?」

フォーリア小隊の隊長から通信が来た。

「こちらグリムゾンローズ。おう、全機無事だ。そちらは?」

晃が元気に答える。

「こっちは2機がやられた。だが、これで可愛いウンディーネ達を見るのに近づいた訳だ」

「その、可愛いウンデーネは私の事だよな~」

「勿論だとも!だが、本命はアリシアさんだけどな」

ティフィーネリーダーがそう言うと新たに通信が割り込む。

「どこの誰だが知らないがアリシアさんは俺のなあ――」

暁である。アリシアと聞いて黙っていられなかったようだ。

「お~みんな無事だったのだー」

暁が言い終わる前にウッディーが割り込み暁の言葉は邪魔された。

「良かった。みんな無事だ~。しかも空での再開なんて凄い奇跡」

灯里が皆が無事な事を知るとこう言った。これを聞いた藍華はこう言わずにはいられなかった。

「灯里、恥ずかしい台詞禁止ぃ」

「え~」

さっきまで戦いによって殺伐とした空が笑いに包まれる。

こんな風にいつでも笑っていられる時に早く戻りたいと誰もが思っていた。

「アリシア。アテナ。燃料と残弾は?」

晃はF15との空戦を終えてアリシアとアテナの機体の状況を聞く。三大妖精小隊のF14は中射程のスパローミサイル3発。短射程のサイドワインダーミサイル2発に長射程のフェニックスミサイル2発を装備して出撃していた。

「こっちはスパローもサイドワインダーも1発づつ。フェニックスは2発あるわ」

とアリシア。

「スパローは無し。サイドワインダー1発。フェニックス2発」

とアテナ。晃は機関砲しか使っていない為にミサイル全てが残っている。

「ティフィーネとロッチャは空戦空域に向かえ。敵戦闘機を撃退せよ」

空母「アクア」からの新たな命令で2個小隊のF14が「ネオ・ヴェネチア」の戦闘機隊を援護すべく向かう。

(何故敵の戦闘機は残っているんだ?もう護衛すべきジャギュア攻撃機の残存は離脱したのに)

晃は疑問が浮かんだ。当初の目的であるジャギュア攻撃機を護衛する任務が敵戦闘機にあると考えていた。だが、今は護衛任務を放棄したか変更して粘り強く空戦を続けている。

(また陽動か!?)

最初の空戦の事を思い出した晃。こちらの戦闘機を釘付けにすべく敵は戦闘機同士の空戦を仕掛ける。その間に攻撃機を突入させて艦隊に攻撃をした。

(だとしたら何処から来る。今度こそは…)

晃はコクピットの周囲に広がる空を敵の姿求めて目配りをする。だが、肉眼では見つかるものでは無い。思わずレーダーのディスプレイが見れる藍華に新しい敵の反応が無いか聞きたくなった。けれども今の藍華は座席に座るだけしか出来ない状態だとすぐに思い出して口に出かけた言葉を飲み込む。


(ここで暁とウッティーが戦っているの…)

晃がまだ姿が見えない敵を探そうとしている時に藍華は目の前のTIDのディスプレイを見つめていた。

そこには一カ所だけ記号が入り乱れる異様な箇所があった。そこが暁とウッティーら「ネオ・ヴェネチア」の戦闘機とティフィーネ小隊・ロッチャ小隊が戦う空域である。
戦術記号の11つには誰かが乗って戦っている。そのどれかによく知る人たちが居る。近くに居て何故か遠くに感じる寂しさを藍華は感じた。
それは自分の乗るF14の横を飛ぶ灯里達に目の前の晃対しても同じ感情を抱いた。同じ場所に居て何も出来ない事が疎外感を生んでいた。

(抜け出したい。何も出来ないのにここには居られない!!)

藍華は泣き出しそうな衝動を抑えるように右手をTIDディスプレイに置き崩れそうな自分を支える。

「!!」

その時。藍華は体中に電気が走ったと思える衝撃を受けた。何かが自分の中に入り込む。何かを見せようと脳へと電流は走る。

(見える…何かが記憶に刻まれる)

脳裏におぼろげに出てくる記憶。それは段々と鮮明さを増す。光景も声や音も鮮明になると編集された映像みたいに断片的な記憶が次々と頭を巡る。


「我がアクアはマンホームより独立する!」

ネオベネチアのサン・マルコ広場で集まる群衆へ向けて演説する政治家の姿があった。それに歓喜で応える群衆。それを藍華は晃や灯里・アリシア・アリス・アテナと共に遠くから見ていた。

「これからが大変だぞ。これから…」

晃はぽつりと醒めた口調で言った。この意味を藍華は分からずにいた。

火星をテラフォーミングして人類が入植したアクア。一方で人類を送り出した地球もといマンホーム。マンホームは開拓が終わり経済が安定しているアクアに様々な税を導入してマンホームで深刻化する経済の悪化と財政の不足を補おうとした。これにアクアの住民は誰しも反対した。あたかも植民地のごとく搾取しようとするマンホームに怒りが頂点に達した。これにマンホームはアクアに圧力をかけ、アクアの政治にマンホームからの官僚や議員を送り込むなどしてアクアを完全な管理下に置こうとした。このやり方にアクアでの不満は頂点に達して独立へと至った。

「とうとう来たか…」

姫屋で晃と藍華は外の様子を見ていた。それはカーテンに隠れながらそっと見ていた。

「あれがマンホームの?」

「そうだ。このアクアを占領する気だ」

姫屋の前には装甲車を連ねて進むマンホームの軍隊が見えた。マンホームはアクアを政治的な支配から軍事力を行使しての圧政を敷こうとしていた。

「私はしばらくここを離れる」

晃がそう言うと藍華はその理由が分かった。

「知ってますよ私。アクア独立義勇軍に加わるんですよね」

「そうか…なら話は早い。私が居ない間はこの姫屋を頼むぞ。お前は跡継ぎだからな」

晃が藍華に向き直って藍華に言う。

「晃さん。私も独立義勇軍に入ります!」

「藍華!意味を分かって言っているのか?もしかしたら死ぬかもしれないのだぞ!」

晃は必死に藍華を説得する。えれども藍華の決意は変わらない。

「こんな事になったらウンディーネに仕事は無いですよ。姫屋は当分閉店になるんですから。それなら晃さんと灯里やアリシアさんと共に行きたいです」

「藍華…知っていたか」

晃は灯里とアリシアが独立義勇軍に入隊するのを知っててあえて藍華に知らせなかった。戦場に藍華を行かせたく無かったからだ。

「これ以上私が何を言っても無駄なようだな」

晃は藍華を説得するのを諦めた。

「では行こうか。これからは何倍も厳しいぞ」

「はい、晃さん!」

こうして藍華と晃は独立義勇軍に入隊する事になった。

マンホーム軍の監視を避けるために深夜2人は姫屋を出て灯里・アリシアと合流する。

「藍華ちゃんだ」

灯里が藍華を見つけると嬉しそうに駆け寄る。

「私だけ留守番なんて出来ないわよ」

と藍華も灯里へ笑顔を浮かべて言った。

「私も留守番なんて出来ませんよ先輩」

突然の声に4人は驚いたが、そこには見知った顔が居た。アリスとアテナだ。

「私とアリスちゃんも一緒に行くよ」

アテナがはっきりとした声で言った。

「これでみんな揃ったわね」

アリシアがこう言うと4人は歩き出そうとした。そこへ慌ててやって来る足音が近づく。

「待ってくれ、オレ様達も行くぞ」

暁とウッティーが息を切らせて駆けて来た。

「暁。お前サラマンダーの仕事はどうした?」

暁はサラマンダー(火炎之番人)は浮島でアクアの気候制御を行う職業だ。暁はそれを放り投げて来たのである。

「アリシアさんが独立義勇軍に行くと聞いてな。男として黙っておれまい」

暁が当然だと言う強気な態度で晃に答えた。

「そろそろ行かないと時間が」

アテナがぽつりと言う。

「そうね。独立義勇軍の便が出ちゃうわ」

アリシアもこう言うと集まった6人は歩き出したその姿に戦争へと向かう恐怖はない。親しい仲間と共に旅に出るかのような清々しさが彼ら彼女らにはあった。

「行ってきますネオ・ヴェネチア。少しの間のお別れだけどまたすぐに戻ります。また帰る日まで…」

灯里がネオ・ヴェネチアの街々を眺めながら別れを告げる。民家の灯りがどこか灯里達を見送る人

々の様に思えた。この温もりのある街にまた戻ろう6人は心の奥で誓った。

「恥ずかしい台詞禁止」

「ええ~」

灯里に藍華が優しくいつものツッコミを入れる。


(これで私はここに居るんだ…)

藍華は頭を巡った記憶からこの世界のアクアと自分の事について知った。

それは全く分からなかった目の前の機器の扱い方や乗っているF14戦闘機についても瞬時にデーターを取り込んだように脳内に入った。

(これで私も頑張れる!)

自信を取り戻した藍華は晃に言った。

「晃さん。心配かけてしまってすみません。もう大丈夫です」

「本当か藍華?」

「はい、いつでもミサイルが撃てます。それにTIDもちゃんと把握してます」

このやり取りを終えると晃は藍華が復活した事を確信した。

「燃料はまだある。新たな敵が来れば頼むぞ」

「はい、晃さん!」


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葛城マサカズ
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某掲示板では呉護衛艦隊または呉陸戦隊とも名乗る戦車と眼鏡っ娘が好きな物書きモドキ
現在25歳の広島県在住
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