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マンホーム軍によるアクア艦隊への襲撃は空からがもう一度行われた。三大妖精小隊の出番無く終わり、この日の戦いは終わった。
「ふう…」
藍華は目覚めた時に居た部屋、藍華と晃の部屋にある自分のベッドに寝転がる。疲れが堰を切った様に体中を満たして藍華は睡魔の力に従おうとしていた。
この世界での記憶があっても身体はまだ付いて来て無いようで、何度となく重力で叩かれた身体は休息を欲していた。
(このまま…眠って…)
姫屋にある自分のベッドと比べると寝心地が悪い簡易ベッドも心地良く睡眠へと誘う役割を果たしていた。弛緩する身体に藍華は為すがままに任せようとしていた。
「藍華ちゃん」
「藍華先輩」
眠りかけた頭に聞き慣れた声が響く。灯里とアリスだ。
「ん~どうぞ」
寝ぼけた声で扉の向こうに居る友人に答えた。
「あ、藍華ちゃん寝てた?ごめんね」
「お休みだったんですね。やはり迷惑でしたか」
寝ぼけて疲れた表情でもある藍華を2人は心配する。それを半ば頭が起きて無くても藍華は2人の心情を悟った。
「あ~良いのよ気にしないで」
と気楽な言葉で返した。
「その…藍華ちゃん。今日はちょっと調子が悪かったみたいだけど…」
灯里が少し気まずそうに言った。
「あ~今日はちょっとね」
藍華は少しとぼけた感じで言った。本当の事を言ったらかえって混乱するだろう。
「藍華ちゃん。アリスちゃん。お茶にしようよ」
灯里がバスケットの中から銀色の水筒とクッキーを取り出した。アリスがステンレス製のコップを藍華と灯里に渡す。灯里は置かれた3つのコップに水筒から紅茶を注いだ。
「じゃあ、いただきま~す」
藍華はクッキーを摘む。口の中でミルクの味と砂糖の甘さが疲れた身体に癒しを与える。
「疲れた身体には甘い物よねえ~。2人も早く食べないと全部取っちゃうわよ」
藍華は上機嫌で2個目のクッキーを口に入れ、紅茶をすすった。
「でっかい上機嫌です藍華先輩」
アリスはクッキーを嬉しそうに頬張る藍華を見て半ば呆れたような安心したと言う感情を抱いた。
「あわわ~藍華ちゃん食べるの早いよ」
灯里は手を休める事無くクッキーを摘むのを見て自分が食べる分が無くなるのを心配していた。
「灯里先輩。食堂で貰って来ましょうか?まだある筈ですから」
アリスがそう言うと藍華は次のクッキーを取る手を止めた。
「ごめん、ちょっと食べ過ぎたわ」
「いいんですよ藍華先輩。私も、もっと食べたいですから」
「後輩ちゃん、そんな事言ったら太るわよ」
藍華がそう茶化すとアリスは顔を赤くしながら食堂に行った。
「そう言えば、ここの食堂ってクッキーなんて作ってたんだ」
藍華が疑問を灯里に言った。
「藍華ちゃん。明日はとっても大切な日なんだよ」
灯里が本気で心配する声で言った。だが藍華は記憶を辿っても出てこない。
「明日で私達アクア独立義勇軍がやっとネオ・ヴェネチアに行くんだよ。それで、食堂で決戦を前にってクッキーやパイを焼いてるんだよ」
藍華は灯里の言葉から今が重要な時だと知らされた。
いくらその記憶が不完全とはいえ、藍華は恥ずかしい思いになった。
「ごめん、灯里。私明日は頑張るから。絶対頑張るから」
目尻に涙を浮かべた瞳で藍華は言った。
「うん、頑張ろう藍華ちゃん。一緒にネオ・ヴェネチアに帰ろう」
灯里は藍華の両手を取って握った。その灯里の手の温もりに藍華は落ちかけた涙を止めた。
翌朝。巡洋艦「サン・ミケーレ」では全員が戦闘配置に就きアトラもCICで時計を睨みながら待機していた。
「サン・ミケーレ」は火災を消し止め、戦闘と航行に支障が無い事から艦隊司令官にこのまま作戦に参加する事を認めさせて今この戦列に加わっていた。
「時間だな」
同じCICに居る長老こと、艦長がアトラにこう言うとアトラは命令を部下に下す。
「トマホーク発射用意!目標A5及びA6」
オペレーター達は瞬時に報告する。
「目標データー入力よし!トマホーク発射準備よし!」
「撃て!」
VLSから2発のトマホークミサイルが炎を噴き上げて発射された。それは「サン・ミケーレ」だけでは無く、アクア艦隊のトマホークを積んだ艦艇の全部が数発づつのトマホークを一斉に放つ。
ロケットブースターが作る煙と光が幾つも空に上がる様はどこか美しくもあるが、破壊力を解き放つ暴力的な光景である。
これらのトマホークはネオ・ヴェネチアを占領するマンホーム軍のレーダーや防空ミサイルに空軍基地を破壊すべくまっしぐらに進む。これがネオ・ヴェネチア奪還作戦の始まりとなった。
そして、三大妖精達も故郷とも言えるネオ・ヴェネチアを空から舞い戻ろうと空母「アクア」から発進する。
「フロリアン01から全機へ、これよりアクア評議会議長より激励の言葉がある傾注せよ」
早期警戒機の通達で空に上がった全てのアクア軍パイロットが通信に耳を澄ませる。
アクア評議会はアクアの臨時政府である。
「アクア独立義勇軍の皆様。私はアクア評議会議長天地秋乃です」
この声に藍華は驚いた。天地秋乃はアリアカンパニー創設者でありウンディーネの中でも伝説の人と賞賛される「グランマ」または「グランドマザー」と呼ばれている人物である。藍華にとっては雲の上の人であり面と向かって無くても何処か緊張を憶えた。
「今、この時。ネオ・ヴェネチアへの道が確実に我が軍によって歩んでいる事でしょう。その道のりは長く代償も大きなものでした」
このグランマの演説はパイロット達だけでは無く、ネオ・ヴェネチア奪還作戦に参加する前将兵が聞いていた。機上で艦内で。
「それらの苦しい時を乗り越えてようやくアクア独立の戦いも最後を迎えようとしています」
グランマの言う「それら苦しいとき」に皆は思いを馳せた。亡くなった戦友の顔が浮かぶ。
「そしてこの作戦が終われば我々は再びアクアを取り戻せるのです。帰りましょう私達の故郷に」
故郷に帰る。これに皆は戦いの終わりが目の前にあると実感し、新たなるアクアへの希望を沸かせた。
グランマはそれでの落ち着いた声から最後に凛とした声で演説を締め括った。
「アクア独立義勇軍の全将兵へ。奮戦せよ!我らのアクアの為に!」
演説が終わると艦内では興奮の歓声が上がり、機上でもボルテージが絶頂に達したパイロットの耳が痛い叫び声が電波に飛ぶ。
アクア独立義勇軍の士気は一気に高まり将兵の心を熱くした。
「ミラグラトーレリーダーより全機へ。作戦空域に入る。浮かれ気分を引き締めろ」
空母「アクア」と「ネオ・ヴェネチア」の合同攻撃隊隊長であるミラグラトーレリーダーこと新太の言葉で攻撃隊パイロットは緊張で身を引き締め戦闘に備える。
「フロリアン01より全機。ネオ・ヴェネチアより敵機発進中。30機…いや50機、まだ増大中」
「トマホークだけじゃ全部潰せなかったか」
早期警戒機の情報から晃は激戦を予感した。トマホークでの攻撃を生き残った敵戦闘機がかなりの数になるだろう。
「ミラグラトーレリーダーより全戦闘機へ。前進せよ、攻撃機の針路を開け」
命令を受けてF14とラファールが攻撃機部隊より先行する。
「12時方向…なんて数なの」
TIDに映るマンホーム軍戦闘機の影。それは密集するイワシの群れみたいに大軍で密集していた。
「最終決戦て事さ藍華」
「ですね。これに勝てばネオ・ヴェネチアを取り戻したも同然」
「その意気だ藍華。この戦いが終わればあのピザ屋で奢ってやる」
「やった~。楽しみにしてますよ」
戦いを前にした極度の緊張に一抹の余裕を藍華と晃は感じた。
「フロリアン01。敵編隊はに動きあり。散開中、警戒せよ」
「ミラグラトーレリーダーから全機へ。いよいよだ、全機戦闘開始!」
「こちらグリムゾンローズ。三大妖精行くぞ!」
蒼空は雄叫びのようなジェットと機体が大気を裂く轟音が幾つも重なる。レーダーの目が狙い、ミサイルの長い手が互いで飛び交い生死を賭ける。
「命中!1機撃墜!」
藍華の報告で敵機に放ったミサイルが命中した事を知った晃。最初からの好調な進みに晃は満足しつつ戦いに専念できる安心感を得ていた。
「スノーホワイト撃墜!」
「セイレーン撃墜しました!」
また、アリシアやアテナも敵に墜とされず戦い続けている声が聞こえる。
相棒も仲間も頼りになるこれなら充分に戦える。晃は自信に満ちるのを感じ取りながら敵機に向かって機体を操る。
重力が身体を痛めつけても藍華と晃は互いに機体と一心同体となって敵を追う、時には逃げる。ただ生き残り、敵を撃つ事に全力を使う。
「あれは…ネオ・ヴェネチア!」
いつの間にか空戦の最中に近づいた水平線の向こうのネオ・ヴェネチアを晃は見つけた。
(懐かしい感じがする…)
藍華はまだ少し遠くに見えるネオ・ヴェネチアに懐かしい感情を抱く。それはこの世界で過ごした「藍華」の記憶からなのだろう。
「フロリアン01より。敵戦闘機が離脱中」
「よし、追撃がてらにネオ・ヴェネチア一番乗りだ」
早期警戒機の情報から晃は自身のF14をネオ・ヴェネチアへと向け駆ける。
「晃ちゃんずる~い」
「抜け駆けなんて意地悪ね晃ちゃん」
そんな晃にアリシアとアテナが追いかける。
「無事だったのね、みんな」
横に並んだスノーホワイト・セイレーンのF14の姿を見て藍華は安堵した。
「揃ったな。じゃあ私達で一番乗りだ!」
どこか楽しげに晃やアリシア・アテナは機をネオ・ヴェネチアへ。距離が縮むにつれてはっきり見えるオレンジ色の瓦の街に4人のウンディーネは心が躍る。
「敵機が逃げてるからって気を抜くな。まだ敵の防空部隊が居るぞ」
晃が注意してそう言ったその時、グリムゾンローズのコクピットにアラームがけたたましく鳴る。敵のレーダーに照準されたのだ。
「晃さん!9時からミサイル!」
藍華の報告を聞くと反射的にスティックを右に倒す。F14が右旋回する。
「チャフだ藍華!」
「はい!」
敵のミサイルの動きを誘導するレーダーを妨害するためにチャフと呼ばれるアルミ箔を放出する。それにレーダーの導きを失ったミサイルはあさっての方向の海面に落ちた。
「ふう」
晃が一瞬の安心を得た瞬間。
「な!これは!」
「きゃあああああ!!」
機体と身体が揺さぶられる。耳には破滅的な2つの音がした。機関砲弾が命中してグリムゾンローズのF14の機体を乱打する音に危険を知らせるアラーム音だ。
「脱出だ藍華!」
「はい!」
エンジンから黒煙を吐き機体はボロボロになり力尽きようとしているF14から2人は脱出した。
コクピットから勢い良く射出された2人パラシュートが開きゆっくりと降下を始める。
(本当にネオ・ヴェネチア一番乗りになっちゃった)
風に乗ってネオ・ヴェネチアの街へと流されていく藍華はふとこう思ってしまった。
(あれか、あの対空銃座が私らを墜としたのか!)
晃は今も別のアクア軍機を狙って曳航弾を放つ建物の屋上に設置された対空機関砲の陣地を見つけた。あの機関砲を潰してやりたいと心底思っていた。
そんな2人は風に流されるがままネオ・ヴェネチアの街を見下ろした。見慣れた街を空から眺めると言う事にどこか感動すら思えたが、街の要所に居るマンホーム軍の兵士や車両がはっきり見えると藍華と晃は緊張を憶えた。
ここは敵地なのだ。いつ撃たれてしまうか分からない。
「晃さん!!」
だが、風は意地悪をするように藍華と晃を引き離した。みるみる遠くなる晃に藍華は不安になった。
1人で敵地に降りるのは心許ない。
けれども藍華は地上に近づきつつあった、街中で降りる事に不安を感じた。ネオ・ヴェネチアの名所である水路に落ちてしまうと危険だし、何かにパラシュートが引っかかるのも厄介だ。
そんな危険を予測しつつも、何とか無人の通りに降りる事が出来た。
降りると急いでパラシュートと身体を繋ぐベルトを外しにかかる。焦る気持ちで自分の動作が遅いと感じて仕方がない藍華。そこに声が聞こえる。怒鳴り声だ。
「あそこだ!敵のパイロットが降りたぞ!」
どうやらマンホーム軍の兵士が藍華を捕まえようとしているようだ。
(マズイ!早くしないと!)
ますます気持ちは焦る。指が震えで上手く動かない、苛立ちだけが募る。
「手伝います」
焦る藍華の視界に手が伸びた。その手によって藍華はパラシュートを身体から離す事が出来た。
「あ、アル君!」
「え?藍華さん!」
藍華を手伝った手の主を見るとそれはアルバード・ピット。通称アル君と呼ばれている少年である。
アルも誰か分からないまま手伝いをしていたようだ。
「早くこっちに」
「うん」
アルは自動小銃のAK47を持って周囲を警戒しながら藍華を裏路地に導く。これで藍華を捕まえようとしたマンホーム軍兵士達はパラシュートだけしか見つける事しかできなかった。
「ありがとうアル君」
「いえいえ、こちらこそ感謝ですよ。よく戻って来てくれました」
裏路地を進みながら藍華はアルと会話する。
「アル君も独立義勇軍に入っていたっけ?」
「いえ、ボクは地重管理人(ノーム)の仕事をしながらレジスタンスをやっていたんですよ。マンホーム軍の動きとかを調べたりとか」
「そうなんだ。アル君も大変だったのね」
「藍華さんの方が大変でしょ?なんたってパイロットなんですから」
2人が会話する間。遠くで爆発音が聞こえるようになった。次第に空に響く激しい銃声をも聞こえ出した。
空に目を転じればアクア軍の標識を付けたAH-1Wスーパーコブラが頭上を飛んで行くのが見える。
「どうやら上陸作戦が始まったようですね」
アルはこう予測した。確かにそうであった。ネオ・ヴェネチア奪還作戦の最終段階である地上軍の上陸作戦が始まっていた。
「流れ弾が危ないから何処かに隠れた方が良いですね」
アルがそう言って隠れる場所を探す。
「ねえアル君。姫屋はどうなってるの?」
唐突に藍華は尋ねる。
「藍華さんと晃さんが独立義勇軍に行ってからは休業状態になってましたが、残った姫屋の方はネオ・ベネチアがアクアに戻る日の再開に備えて待っていますよ」
「そうなんだ…」
藍華は姫屋に居る人々の顔が浮かんだ。彼ら彼女らの期待に早く応えてやりたいと個人的にも姫屋の跡取りとしても思っていた。
「アル君。姫屋に今行けるかな」
「行ってみないと分からないけど、なんとか行ける筈です」
藍華の提案で2人はマンホーム軍に隠れながら姫屋に向かう。時が流れるにつれてマンホーム軍の様子は慌ただしくなっていた。またアルと藍華を追うように銃声や砲声などの戦場騒音が近づいていた。
どうやらアクア軍優勢のようである。これで流れ弾に当たらなければ今にも友軍と合流できそうだと2人は考えていたが、藍華はすぐに姫屋に行きたかった。
果たして無事だろうか?自分の居た懐かしい場所はどうなっているのか?
この世界の藍華の感情からか強くそう求めていた。
「あ…姫屋が…」
姫屋の前に来ると藍華は泣きそうになった。姫屋の一部が砲弾か爆弾かで破壊されていたからだ。
アルは泣きそうな藍華をどうすれば良いか戸惑いながらも右手を藍華の肩に置いて落ち着かせた。
「ありがとうアル君。こんな事になってるけど姫屋に行きたい」
「分かりました。どうやら敵はここに居ないけど、用心の為にボクが先に行きますね」
アルが先に姫屋の玄関まで行き、敵が居ないか確認して敵が居ないと分かると手招きして藍華を呼んだ。
「静かね。誰も居ないのかな」
「もしかすると皆さんどこかに避難したのかな」
玄関に入ると電気も点いてない静かで暗く人の気配が無かった。
「私。自分の部屋に行くね」
藍華がそう言うとアルは心配そうに「武器はありますか?」と聞くと、藍華は脱出時の護身用に持っているP220拳銃を見せた。
「けど、さすがに1人はマズイですよ」
アルはこう説き伏せて2人で藍華の部屋に行く。ただ銃声と砲声や爆発音が響く中を歩く。そして辿り着いた自室に藍華は目を丸くした。
部屋の天井は半分吹き飛んでいた。その天井だった物は瓦礫となって部屋に散らばっている。
「はははは。まるでオープンカフェね」
「藍華さん…」
笑う藍華は実は泣きたい思いを我慢しているのが分かった。
「こんな事にはなってしまいましたが、すぐに直りますよ。いや、ボクが直します!」
アルは懸命に藍華から涙が溢れないようにしようと励ます。
「そんなに心配しないのアルくん。こんな風になって驚いただけなんだから」
必死なアルに藍華は気落ちした心からアルが可愛く思えてほそく笑む。
「ここなら敵も見えないよね。少し横になろうかな」
「ええ、ここなら他に高い建物も無いですからね。少し休んで下さい。ボクが外を見張ってますから」
「ありがと」
アルが藍華の部屋から出て行くと藍華はベッドに背中から飛び込んだ。
身体がベッドのシーツにぶつかると、反動で埃と天井が吹き飛ばされた時に散った欠片が飛んで
藍華は少し咳き込む。
「ふう~」
仰向けに寝る藍華は自分の部屋から見る青空をぼんやりと眺める。それまでの緊張を忘れたかのように雲がゆっくりと流れる空を。
どこかから聞こえる銃声や爆発音が僅かにここが戦場だと自覚はさせる。
(そういえば、私はここで寝ていたのに空母『アクア』に居たんだよね)
自然と蘇る記憶。
藍華はこの部屋で寝ていた筈が何故か空母「アクア」に居て、戦闘機に乗り今に至る。それら一連の出来事を思い出す。
(全てはここからって訳か)
感慨深いと思いながらもどこか眠気が覆う。
(少し疲れちゃったな…)
ぼやける視界に身体の疲れが眠りを誘い、藍華はそれに身を任せつつあった。
(灯里に後輩ちゃん…晃さんにアリシアさん、アテナさん。みんな大丈夫かな…)
意識がはっきりしないながらも親しい友人と先輩の顔がよぎり安否が気になる。
まだ戦っているだろう灯里達に、共に愛機から脱出して敵のまっただ中に居る晃。果たして誰もが今無事なのだろうか。
だが、確認する術がない。
そして身体は藍華の意思を離れたかのように遠くなるように全く動かなくなった。
藍華はそれを眠気だと思って泥のような眠りに身を沈めた。
「い!………か!あ…か!」
藍華の意識に響く声が途切れ途切れに入る。
眠りの泥沼に浸かる藍華にはそれを理解出来きずにいた。
「おき…・か!……いか!」
頭が醒めていくに従って声がはっきりと聞き取れるようになる。
(どこかで聞いた声…)
「起きろ!藍華!起きないと叩くぞ!」
(え!!)
はっきり聞き取れた途端に全てが理解できた。そして瞼が開いた。
「やっと起きたか、まったくここまでして起きないとはいつまで夜更かししてたんだ?」
目が覚めた藍華に晃は呆れ顔で言った。
「今日は灯里とアリスで合同訓練なんだろ?2人が外で待っているぞ」
「あ~そうだった!」
藍華は慌ててベットから降りてパジャマからウンディーネの制服に着替える。
(そういえば、元の世界に戻った?)
服を着替えながら藍華はようやく自分が元の世界に戻った事を実感した。晃に無傷の部屋がそれを証明していた。
「寝坊はするわ、慌てて着こなしもなってないじゃないか」
晃が乱れる藍華の格好を直す。いつもならこんな晃を少し煙たがる藍華であったが、今は心底嬉しかった。
あのもう一つのアクアの世界で感じた不安を今は解消できていたからだ。
「遅いよ藍華ちゃん」
「でっかい寝坊ですよ藍華先輩」
姫屋の前で待つ灯里とアリス。その2人に藍華は「いや~ごめんごめん」と明るく返した。
「どうしたの藍華ちゃん?何か良いことあったの?」
灯里は藍華の様子が少し違う事を感じ取ったようだ。
「ん~何でもないよ~」
思いっきり笑って灯里に言った。2人が首をかしげたが藍華は心が浮き上がるように嬉しかった。何事も無く平和な世界。そんな世界で出会える親しい人々が側に居るその何気ない事に藍華の心は透き通るように爽快になっていた。
(もう一人の私はどうしているのかな?戦争も終わりそうだしプリマになるのをまた目指すんだろうな)
さっきまで戦場と化していた姿であったネオ・ヴェネチアを眺めながらあの世界に思いを馳せる。
あれは結局なんだったのだろうか?
神の悪戯か悪魔の仕打ちか、そんな事を考えた所で結論は出なかった。
だが、藍華はあの世界に居るもう一人の自分や灯里に晃などの人々がどうなっただろうかと思わずにはいられなかった。
だが、心底心配すると言うものでは無かった。
(私も頑張るわよ、もう一人の私!)
ただ前向きに。あの世界を生き残った事に恥じない心で藍華は満たされていた。
(完)